チェルノブイリ原発事故、スリーマイル原発事故、ウインズフィールド核燃料工場事故から、福島原発の今後の展望を考える

チェルノブイリ原発事故、スリーマイル原発事故



チェルノブイリ原発の放射線拡散実態


2007年チェルノブイリ発電所
(全ての原子炉は、廃炉)
チェルノブイリ原発石棺へ
チェルノブイリ原発事故の経緯

1986年4月26日1時23分(モスクワ時間UTC+3)にソビエト連邦(現:ウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所4号炉で起きた原子力事故広島に投下された原子爆弾(リトルボーイ)級の戦術核兵器に換算して約500発分の核攻撃に相当する量の核分裂生成物が撒き散らされたことから、「核戦争」とも表現された。後に決められた国際原子力事象評価尺度(INES)において最悪のレベル7の参考事例として知られている4号炉は炉心溶融(メルトダウン)ののち爆発し、放射性降下物ウクライナ白ロシアベラルーシ)・ロシアなどを汚染した。
チェルノブイリ放射線汚染マップ
チェルノブイリ原発汚染規模

チェルノブイリ事故では爆発と火災が長引き、放射性物質が広範囲に広がり世界的な汚染につながった。実際の放出量は520万テラベクレルとされている。今回の福島第一原発の事故での放出量はその1割程度だが、評価尺度でレベル7の条件に当たる「放射性物質の重大な外部放出」に該当すると判断された.。


チェルノブイリ原発汚染規模・住民

事故当時、爆発した4号炉は操業休止中であり、原子炉が止まった場合を想定した実験を行っていた。この実験中に制御不能に陥り、炉心が融解、爆発したとされる。爆発により、原子炉内の放射性物質[注釈 1]大気中に大量に(推定10t前後)放出された。

住民の避難

ソ連政府は事故から36時間後にチェルノブイリ周辺の区域から住民の避難を開始した。およそ一週間後の1986年5月までに、当該プラントから30km以内に居住する全ての人間(約11万6千人)が移転させられた。

ソビエトの科学者の報告によると、28,000km2が185kBq/m2を超えるセシウム-137に汚染した。約83万人がこの区域に住んでいた



チェルノブイリ原発汚染規模・被爆

2000年4月26日の14周年追悼式典での発表によると、ロシアの事故処理従事者86万人中、5万5千人が既に死亡した。ウクライナ国内(人口5千万人)の国内被曝者総数342.7万人の内、作業員は86.9%が病気に罹っている。

周辺住民の幼児・小児などの甲状腺癌の発生が高くなった。

IAEAの記録によると、この事故による放出は、広島に投下された原爆(リトルボーイ)の放射性の汚染の400倍多いが、20世紀中頃の大気圏内核実験で起こった汚染の100から1,000分の1だった。この事故は局地的な災害であって、全地球的災害ではないという考え方もできる

ーーーウイキペデイア


チェリノブイリ原発事故後

放射能の長期的動向

事故の直後においては健康への影響は主に半減期8日の放射性ヨウ素によるものだった。今日では、半減期が約30年のストロンチウム-90とセシウム-137による土壌汚染が問題になっている。最も高いレベルのセシウム-137は土壌の表層にあり、それが植物、昆虫、きのこに吸収され、現地の食糧生産に入り込む。最近の試験(1997年頃)によると、この区域内の木の中のセシウム-137のレベルは上がりつづけている。汚染が地下の帯水層や、湖や池のような閉じた水系に移行しているといういくつかの証拠がある(2001年、Germenchuk)。雨や地下水による流去は無視できるほど小さいことが実証されているので、消滅の主な原因は、セシウム-137がバリウム-137へ自然崩壊することだと予想されている。

ーーーウイキペデイア




ェルノブイリ原発と福島原発の比較


チェリノブイリ原発事故と福島原発事故

福島原発 チェリノブイリ原発
原子力史上最悪の1986年のチェルノブイリ原発事故に匹敵する.。
事故から4月5日までに放射性ヨウ素換算で37万~63万テラベクレル(テラは1兆倍)になった。
、現時点では原子炉内に保持され、放射性物質の外部への放出量は10分の1程度と見積もられるが、今後の推移次第。
放出量は520万テラベクレルとされている
チェルノブイリ事故 現在の状況

福島原発の現状予測(23.4.13)
◇依然、大量放出の恐れ

 今回の暫定評価は大気中の放射性物質の推定放出量に基づいたもので、海洋や土壌への放出量は含んでいない。政府が公表した37万~63万テラベクレルという放射性物質の放出量について、東電は「元々あった燃料の1%程度」と見ている。菊地さんは「1950年代以降に米ソなどが実施した大気圏内核実験による汚染に比べれば、わずかなレベルだ」との見解だ。

 チェルノブイリでは百数十人の職員や消防士が高線量の被ばくによる急性放射線障害を起こし、周辺住民約500万人のうち、事故当時子どもだった6000人以上が後に甲状腺がんになった。国際機関の正式な報告では、これ以外の放射線による健康影響は認められていない。

 佐々木康人・日本アイソトープ協会常務理事は「福島の場合、(原子炉自体が爆発した)チェルノブイリより爆発の規模が小さく、放出された放射性物質の量も少なかったため、環境汚染の範囲は狭く、程度も低い」という。将来のがんの増加の懸念についても、「目に見えて増える事態は考えにくい」と否定的だ。
---毎日新聞



一方、チェルノブイリ原発事故が約10日でほぼ収束したのに対し、福島第1原発事故は1カ月が経過しても、放射性物質の放出が続き、収束のめどが立っていない。

 東電の試算によると、事故がなければ4月11日時点で1~3号機の炉内と使用済み核燃料プールに残った放射性物質の総量は約8500万テラベクレルと見積もられていた。保安院は「今回の事故で炉内にあった放射性物質の約1%が放出された」とみている。仮に1~3号機の放射性物質がすべて放出されると、チェルノブイリの十数倍に上る。

 石川さんは「これまでの地震や事故で、原子炉が壊れて手薄になっている状態なので、何が起こるか分からない状況になっている。余震で原子炉圧力容器の底が抜けるようなことがあれば、内部の放射性物質が大量に出てくる事態も考えられる」と指摘する。
---毎日新聞

現況 セメントで廃炉”セメントお棺”(1986年)
日本、福島第一原発事故後の様子
福島事故
福島3号機(2011.4.11)
チェルノブイリ事故と福島事故の比較(政府見解)
福島4号機(2011.4.11)


f福島事故とチェルノブイリ事故の比較(日本政府の見解)


4月15日、首相官邸は「チェルノブイリ事故と福島原発事故の比較」を公表した。内容は以下の通り。

チェルノブイリ事故との比較

平成23年4月15日

チェルノブイリ事故の健康に対する影響は、20年目にWHO, IAEAなど8つの国際機関と被害を受けた3共和国が合同で発表し、25年目の今年は国連科学委員会がまとめを発表した。これらの国際機関の発表と福島原発事故を比較する。

  1. 原発内で被ばくした方
    *チェルノブイリでは、134名の急性放射線傷害が確認され、3週間以内に28名が亡くなっている。その後現在までに19名が亡くなっているが、放射線被ばくとの関係は認められない。
    *福島では、原発作業者に急性放射線傷害はゼロ、あるいは、足の皮膚障害が1名。

  2. 事故後、清掃作業に従事した方
    *チェルノブイリでは、24万人の被ばく線量は平均100ミリシーベルトで、健康に影響はなかった。
    *福島では、この部分はまだ該当者なし。

  3. 周辺住民
    *チェルノブイリでは、高線量汚染地の27万人は50ミリシーベルト以上、低線量汚染地の500万人は10~20ミリシーベルトの被ばく線量と計算されているが、健康には影響は認められない。例外は小児の甲状腺がんで、汚染された牛乳を無制限に飲用した子供の中で6000人が手術を受け、現在までに15名が亡くなっている。福島の牛乳に関しては、暫定基準300(乳児は100)ベクレル/キログラムを守って、100ベクレル/キログラムを超える牛乳は流通していないので、問題ない。

    *福島の周辺住民の現在の被ばく線量は、20ミリシーベルト以下になっているので、放射線の影響は起こらない。

一般論としてIAEAは、「レベル7の放射能漏出があると、広範囲で確率的影響(発がん)のリスクが高まり、確定的影響(身体的障害)も起こり得る」としているが、各論を具体的に検証してみると、上記の通りで福島とチェルノブイリの差異は明らかである。

長瀧重信 長崎大学名誉教授
    (元(財)放射線影響研究所理事長、国際被ばく医療協会名誉会長)
佐々木康人(社)日本アイソトープ協会 常務理事
     (前 放射線医学総合研究所 理事長)

公表文を見る       サイトURL:ttp://www.kantei.go.jp/saigai/senmonka_g3.html





スリーマイル島原発事故


スリーマイル島原発事故

所在地地図

事故の経緯・経過
移送管に樹脂が詰まり、この結果主給水ポンプが停止し、タービンが停止した。 二次冷却水の給水ポンプが止まったため、蒸気発生器への二次冷却水の供給が行われず、除熱が出来ないことになり、一次冷却系を含む炉心圧力が上昇し加圧器逃し安全弁が開いた。が開いたままとなり、蒸気の形で大量の原子炉冷却材が失われていった。原子炉は自動的にスクラム(緊急時に制御棒を炉心に全部入れ、核反応を停止させる)し非常用炉心冷却装置 (ECCS) が動作したが、すでに原子炉内の圧力が低下していて冷却水が沸騰しておりボイド(蒸気泡)が水位計に流入して指示を押し上げたため加圧器水位計が正しい水位を示さなかった。このため運転員が冷却水過剰と誤判断し、非常用炉心冷却装置は手動で停止された。

一次系の給水ポンプも停止されてしまったため、結局2時間20分開いたままになっていた安全弁から、500トンの冷却水が流出し、炉心上部3分の2が蒸気中にむき出しとなり、崩壊熱によって燃料棒が破損した。このため周辺住民の大規模避難が行われた。運転員による給水回復措置が取られ、事故は終息した。

結局、炉心溶融(メルトダウン)で、燃料の45%、62トンが原子炉圧力容器の底に溜まった。給水回復の急激な冷却によって、炉心溶解が予想より大きかったとされている。

スリーマイル事故


スリーマイル島原発事故の影響

事故原発からの距離

(放射能は外部には拡散しなかった)

周辺地域への影響

放出された放射性物質は希ガスヘリウムアルゴンキセノン等)が大半で92.5 PBq(250万キュリー)。ヨウ素は555GBq(15キュリー)に過ぎない。セシウムは放出されなかった。周辺住民の被曝は0.01 - 1mSv程度とされる(後述)。

この被害は1957年に起きたイギリスのウィンズケール原子炉事故に次ぐ。


人体への影響

公式発表された放出値を用いて「発電所から10マイル以内に住む住民の平均被曝量は8ミリレムであり、個人単位でも100ミリレムを超える者はいない。8ミリレムは胸部X線検査とほぼ同じで、100ミリレムは米国民が1年で受ける平均自然放射線量のおよそ三分の一だ」としている。(1ミリレムは0.01mSv)。


スリーマイル島原発事故
廃炉までの期間
事故収束後、復旧作業がGPU-Nuclear社によって行われた( 図1 参照)。この作業では、施設の除染、液体及び燃料を含む固体廃棄物の撤去、施設の監視保管状態への移行が行われた。
 補助建屋の一部除染は事故直後の1979年から始まったが、高放射線下の原子炉建屋については放射線レベルの遠隔測定、ロボット開発を含む除染技術の開発、除染作業、廃棄物の移送を行って、1990年に完了した。

現在の状況:
1979年3月に起こった米スリーマイル島原子力発電所の炉心溶融事故は、周辺住民を恐怖のふちに追いやり、その傷は今も癒やされていない。原発は85年に運転を再開。2基ある原子炉のうち2基は現在も稼働中で、地元の市民団体は監視を続けている。

米国最悪の原子力事故となった現場を歩いた。(米ペンシルベニア州で貴志雅之)そびえ立つ4本の冷却塔のうち、2本から水蒸気が勢いよく吐き出されていた。
---北海道新聞



スリーマイル島原の放射能拡散量

この事故により、炉心は大損傷を受け、大量の放射性物質が炉心から放出された。このうち環境に放出された放射性物質は、事故が収束してからも、原子炉の補助系など汚染された系統からかなりの期間(1ケ月以上)わずかながらも環境への放出が続いた。これらを合計しても、放出された希ガスは約250万キュリー、ヨウ素は約15キュリー程度と推定されている。集団線量はほぼ2,000人レム程度(個人の被曝線量は平均1ミリレム)であった

現在の状況

現在稼動しているのは2機
(白い煙が出ている)
スリーマイル事故、福島事故と比較、 スリーマイルの現状
(白い煙が出ている)
スリーマイル現状




イギリスの核燃料再処理工場、ウインズケール(現在セラフィールド)による海洋汚染


イギリスの核燃料再処理工場による海洋汚染


世界初の原子炉重大事故。イギリス北西部の軍事用プルトニウムを生産するウィンズケイル原子力工場(現セラフィールド)の原子炉2基の炉心で黒鉛炭素製)減速材の過熱により火災が発生、16時間燃え続け、多量の放射性物質を外部に放出した。避難命令が出なかったため、地元住民は一生許容線量の10倍の放射線を受け、数十人がその後白血病で死亡した。現在の所白血病発生率は全国平均の3倍である。当時のマクミラン政権が極秘にしていたが、30年後に公開された。現在でも危険な状態にある。2万キュリーのヨウ素131が工場周辺500平方キロメートルを汚染し、ヨードの危険性を知らせたことで有名である。水素爆発のおそれから注水に手間取った。
これはスリーマイル島でも繰り返された。