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東日本大震災による被災地各地の被災の最新情報と画像、放射線汚染災害、大震災の図解・地震の震源地、震源地とプレート、過去の震源地と余震、津波の高さ、地盤沈下、放射線汚染、四重苦に見舞われ、被災直後の情報とその後の生活問題など最新情報


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「双葉帰還、30年後」 町長が「暫定」方針 初めて時期示す

福島第1原発事故で埼玉県加須市に役場ごと避難する双葉町の井戸川克隆町長は4日、町への帰還時期を「暫定的に30年後」とする方針を示した。仮役場で開かれた仕事始め式の訓示で明らかにした。町が具体的な帰還時期を示したのは初めて。

 「双葉町の道しるべ」と題した方針で、帰還時期を30年後としたのは、汚染の主原因である放射性セシウム137の半減期が約30年のため。放射性物質の除染の目標値を年間被ばく線量1ミリシーベルトにし、帰還までに「家族の営みや生活を成り立たせる仕事および居住」や「就学や医療などが保障される生活環境」などの生活保障に取り組むとしている。

 町が、国や県、東京電力と協力して福島第1原発事故の事実解明に努めることも明記した。さらに国の事故収束宣言(11年12月末)に基づき、「町民が原子炉からの新たな放射性物質漏えいに脅かされないことや第1原発内に残る放射性物質を撤去すること」を求める。
−−−毎日新聞(25.1.5)




役場機能を置く埼玉県加須市で、職員に仕事始めの訓示を行う双葉町の井戸川町長(左端)
−−−(福島民報)




双葉町の成人式で震災の犠牲者に黙とうする新成人=5日午後、郡山市(朝日新聞)

「いつか双葉に帰る」 新成人が郡山で誓い 福島

「いつか双葉に帰る」 新成人が郡山で誓い 福島 双葉町の成人式で震災の犠牲者に黙とうする新成人=5日午後、郡山市、矢木隆晴撮影 東京電力福島第一原発事故で役場が埼玉県に避難している双葉町の成人式が5日…
−−−朝日新聞(2013/01/06)


「双葉町帰還、30年後を目標」町長、時期に初めて言及(25.1.5)

東京電力福島第一原発事故で埼玉県加須市に役場ごと避難している福島県双葉町の井戸川克隆町長は4日、職員への年頭訓示で、「町と町民のふるさとへの帰還目標を暫定的に30年後とする」と述べた。町長が帰還時期の考え方に言及したのは初めて。

 井戸川町長は「30年後」とする理由を、放射性セシウム137の半減期が約30年であるためと説明。国と福島県、東電に徹底した除染を求め、30年間は町民の仕事や住まい、就学や医療など生活環境の整備に取り組むという。

 国の試算では、原発事故当時の双葉町民約7千人のうち75%は年間の被曝(ひばく)放射線量が50ミリシーベルト超の地域に自宅がある。避難区域の再編にあたり、この地域は5年以上帰れない「帰還困難区域」になる見通し。町長は「帰還の目標値は年間1ミリシーベルト」と語った。

 原発事故からまもなく1年10カ月が経つ。町の臨時職員の男性(75)は「30年じゃ自分は生きていない。困ったもんだ……」と話した。。
−−−朝日新聞(25.1.5)


双葉町の様子

標語がむなしい


標語を信じて生活していた双葉町



現在の仮設住宅、いわき市



地震の被害も生々しい



がれきの残る田園



海まで見える破壊された町



誰もいない体育館





福島の努力を称賛,原発「安定的状態」を歓迎−IAEA国際会議で声明・玄葉外相ら(12.16)

福島県郡山市で政府が国際原子力機関(IAEA)と共催で開いた原子力の安全強化について議論する国際会議で、議長を務める玄葉光一郎外相らは15日夜、福島県民らが東日本大震災や東京電力福島第1原発事故からの復興のため、多大な努力をしていることが参加国・機関から大いに称賛されたなどとする共同議長声明を公表した。


原子力に関する国際会議で共同議長声明の公表後、記者会見する玄葉光一郎外相(左から2人目)=15日午後、福島県郡山市

 声明文では、福島第1原発で安定的状態が達成され、事故発生当時と比べて放射線量が大幅に低減したなどとする政府の報告も歓迎されたと明記した。同原発は1年前に冷温停止状態が宣言されたが、依然として汚染水漏れなどのトラブルが後を絶たず、一部では放射線量も高い状況が続いている
−−−時事.com(24.12.16)


福島 特定避難勧奨地点を初めて解除(12.14)

原発事故によって福島県内で局地的に放射線量が高くなっているとして「特定避難勧奨地点」に指定された世帯のうち、半分近くの129世帯について、政府は14日、基準以下に下がったとして指定を解除しました。
「特定避難勧奨地点」の解除は初めてです。

「特定避難勧奨地点」は、いわゆるホットスポットと呼ばれ、原発事故によって福島県内で局地的に放射線量が高くなっている場所を、政府が世帯ごとに指定し避難を促しています。
この地点に、福島県の伊達市と南相馬市、それに川内村の合わせて282世帯が指定されていました。
このうち、伊達市の128世帯と川内村の1世帯の合わせて129世帯について、政府の原子力災害現地対策本部は14日、指定を解除しました。
129世帯では、放射性物質を取り除く除染作業を進めた結果、指定の基準とされる年間被ばく線量の20ミリシーベルトを下回ったということで、「特定避難勧奨地点」が解除されるのは初めてです。
伊達市では指定を受けた世帯の7割以上が避難していますが、今回、解除されたものの、国際的に一般の人の被ばく限度とされる年間1ミリシーベルトは超えているということで、解除後も避難を続ける人たちもいるとみられます。
政府は、まだ解除されていない南相馬市の153世帯についても引き続き除染を進め、早期の解除を目指したいとしています。
自宅が特定避難勧奨地点に指定されていた伊達市の77歳の男性は「解除されても、まだ家の周りの除染しかされていないので、放射線量が高い場所もあり、今後も避難を続ける人も多いと思います」と話していました。
また、56歳の女性は「解除されたことで農作物の風評被害が少しでも緩和されたらいいと思います」と話していました。
−−−NHK(24.12.14)



特定避難奨励地点


南相馬市特定避難奨励地点




爪痕残る水田にハクチョウ 南相馬(12.12)

津波被害の爪痕が残る水田に飛来したハクチョウ=12日、福島県南相馬市小高区    東日本大震災による津波被害の爪痕が今も残る福島県南相馬市に、今年もハクチョウが飛来している。



東京電力福島第1原発事故の影響で、4月まで警戒区域だった水田の周りには、被災した家屋や車両が残されたまま。近くでは、住民によるがれき拾いが続く。「羽を広げて降りてくるときの鳴き声が、あいさつしてくれているよう」。毎年餌をあげていたという女性が作業の手を休め、目を細めた。
−−−産経新聞(24.12.12)





人口96%が「帰還困難」戻る見通し立たず 福島・大熊町、3区域に再編

東京電力福島第1原発事故で、全域が立ち入り禁止の警戒区域に指定され全ての町民が避難している福島県大熊町が10日、「帰還困難区域」「居住制限区域」「避難指示解除準備区域」の3区域に再編された。区域再編は6例目。

 長期にわたり自宅に戻ることができない「帰還困難区域」の人口は全体の96%の約1万560人に上る。

 再編は年間の被曝放射線量に基づく。帰還困難区域は第1原発がある沿岸部から内陸に至る広い範囲に及び、面積全体の約6割。立ち入りを制限するため、町を取り囲むように柵が23カ所設置された。

 内陸部の「居住制限区域」(約370人)や「避難指示解除準備区域」(約20人)に入る際には通行証が必要になる。いずれも一時帰宅は可能だが宿泊は認められておらず、滞在できるのは日中だけ。
−−−産経新聞(24.12.10)


大熊町の商店街(24年6月撮影)


帰宅困難地域に指定された地域





除染終了 住宅では約2割にとどまる(24.12.4)

国の費用負担で各自治体が除染を行う「汚染状況重点調査地域」に指定された東北地方や関東地方の市町村では、除染が終わったのは教育施設でおよそ7割だった一方で、住宅についてはおよそ2割にとどまっていることが環境省の調査で分かりました。

環境省は、国の費用負担で市町村が除染を行う、岩手、宮城、茨城、栃木、群馬、埼玉、それに千葉の合わせて58の市町村について、ことし8月末時点の除染の進捗状況を調べました。
環境省によりますと、学校や保育園などの「教育施設」については、除染が予定されている1562か所のうち、69%に当たる1073か所で除染が終わっていました。
一方で、「住宅」については、除染が予定されている9万4933戸のうち終了したのは1万7240戸で全体の18%にとどまっていたということです。
このほか、「道路」では全体の51%で、「公園やスポーツ施設」については38%で、いずれも除染が終わっていたということです。
こうした除染の進捗(しんちょく)状況は環境省のホームページで市町村ごとに確認できるようになっています。
ホームページのアドレスはhttp://josen.env.go.jp/
−−−NHK(24.12.4)










 ガレキの太平洋上の拡散予想


ガレキ 太平洋で拡散 予想図
ガレキ、太平洋に拡散

大震災 津波分布図

大震災の津波分布図
−−ロイター(6.14)








人気のない大熊町にも桜が咲く


大熊町はいまだ70mmシーベルトの汚染
福島原発の復旧工事が見える大熊町はいまだ70mmシーベルトの放射線汚染が続く(24.4.21)

近くに福島原発のクレーンが乱立
老人ホームの建物からみた福島原発のクレーンが見える、大熊町

人気のない大熊町に桜は咲く、野生化した牛が闊歩

野生化した牛が人気のない大熊町を闊歩する中、桜は咲いている(4.21)

驚いて逃げる野生化した牛たち、大熊町
驚いて逃げる野生化した牛たち、大熊町(4.21)


警戒区域解除で帰った人々の様子・南相馬市


1年前の荒れたままの南相馬市
1年前の荒れたままの市内、南相馬市(24.4.17)


警戒区域解除 ようやく片づけられる 南相馬市
警戒区域が解除された福島県南相馬市で自宅の様子を見に帰る住民の姿が見られた。1年がたち、自宅は屋根や塀が崩れたまま。男性は瓦を少しづつ片づけていた。福島県南相馬市(4.16)

小高区役所 再開 南相馬市
警戒区域が解除された福島県南相馬市の小高区役所では、職員が訪れ片づけや掃除などをしていた。職員の1人は「1年分のほこりが積もっている。水が復旧していないので、から拭きしかできない」と話した。窓口業務の再開はまだ先だが、様子を見に来た住民らとの再会に笑顔ものぞいた。


解除で帰宅を急ぐ車の列
指定されていた福島県南相馬市の警戒区域が16日に解除された。日付が変わった午前0時過ぎ、撤去された検問所付近では、地区内に向かう住民や防犯パトロールに出発するパトカーの車列ができた

ーーー産経新聞(24.4.16-17)






南相馬 警戒区域の解除で生活再建は


東京電力福島第一原発の事故で指定された福島県南相馬市の警戒区域が、16日午前0時に解除されました。
津波の被害を受けた沿岸部の自治体で警戒区域が解除されるのは初めてです。

南相馬市 警戒区域解除で 生活再建は

政府は原発事故の影響で警戒区域と計画的避難区域に指定された11の自治体を対象に放射線量の高さによって3つの避難区域への見直しを進めていて、今月1日の福島県川内村と田村市に続き、南相馬市でも16日午前0時に警戒区域が解除されました。
15日は解除に先だって、南相馬市の国道沿いの駐車場で、立ち入りが自由になる地域の防犯活動を行う警察と住民によるパトロール隊の出動式が行われました。
そして、午前0時に警戒区域が解除されると、原発からおよそ20キロの距離にあった警察の検問所が撤収されました。

区域再編
検問所は原発からおよそ10キロまで近づいた南相馬市と浪江町との境界に移動し、警察官は新たな検問所で通行車両をチェックしていました。
また、警戒区域へ通じる道には新たにバリケードを設置して車が通行できないようにしていました。津波の被害を受けた沿岸部の自治体のうち、警戒区域が解除されるのは南相馬市が初めてで、住民にとっては津波と原発事故という二重の被害を抱えるなかで生活再建を目指すことになります。
−−−NHK


避難区域解除 区域再編
避難区域の再編






太平洋漂流のイカ釣り漁船撃沈

沿岸警備隊は5日、東日本大震災の津波の影響で、青森県から米海域に漂流していた漁船について、安全上の観点から機関砲で砲撃し、沈没させる作業を始めた。

 この漁船は、青森県の八戸港から漂流したイカ釣り漁船(約150トン)。

 北海道函館市の漁業の男性が所有していた。震災当時、すでに老朽化していたため、使用されていなかったという。

 漁船は同日、カナダ西部からアラスカ州にかけての沖合を漂流していた。

 AP通信によれば、先月23日に発見された後、カナダ漁船がこの漁船を曳航しようとしたができず、ここ数日は米大陸方向に向かって1時間あたり約1・5キロ移動していたという。

 沿岸警備隊のスポークスマンは「航行する他船の脅威になるぐらいなら、砲撃したほうが安全と判断した」と作業開始の理由を語った。
=−産経新聞(24.4.6)


漂流中のイカ釣り漁船 撃沈
太平洋を漂流中のイカ釣り船を米国沿岸警備艇が安全の為に撃沈(24.4.5)

漂流のイカ釣り漁船 撃沈
漂流イカ釣り漁船と沿岸警備艇
漂流イカ釣り漁船 撃沈 炎上する 漂流イカ釣り漁船
銃撃で沈むイカ釣り漁船             炎上するイカ釣り漁船

イカ釣り漁船 漂流の足取り





漂流がれき、秋に北米到達…来夏にメキシコへ

東日本大震災による津波で海に流れ出したがれきについて、環境省は6日、太平洋上を東に漂流してハワイの北方を通過し、今年10月頃に米国やカナダの西海岸に到達するとの予測を発表した。

 洋上に流れ出ているがれきは約150万トンと見積もられており、人工衛星で撮影した画像と、海流や風などに流される速度を基に、同省で2013年6月までの漂流予測をまとめた。

 予測では、がれきは今年の10月頃に西海岸に到達した後、海流に乗って南下し、13年6月にはメキシコ周辺に到達する。

 米国などの西海岸周辺には約4万1300トン分のがれきがたどり着くと見ており、同省は今後、関係国と処理方法の協議を進める。
−−読売新聞(24.4.9)

太平洋を漂流する瓦礫
太平洋を漂流する瓦礫





衛星から見た津波の被害画像(NASA)



陸前高田


陸前高田 津波被害直後 衛星画像
津波被害直後(平成23年3月14日)衛星画像(NASA資料24.3.9)

石巻;津波被害の直後と1年後
石巻 津波被害直後と 1年後比較 衛星画像
約1年後(平成24年2月21日)衛星画像(NASA資料24.3.9)

石巻 津波被害直後 衛星写真
津波被害直後(平成23年3月14日)衛星画像(NASA資料24.3.9)
【註】判別し易い様に、水を紺色、緑を赤色に加工しています。


  もっと見る(宇宙から見た地球の出来ごとへ)







被災地・各地の今の状況


新たな復興へ 南三陸
南三陸、1週年過ぎて新らたな復興が始まる

公民館の屋上のバスを撤去 石巻
公民館屋上のバスを撤去、石巻

レールのない線路跡 山元町 宮城
レールが撤去された線路の跡、山元町、宮城県


防災対策庁舎に花束 南三陸
防災対策庁舎に供える花束、南三陸

いまだ避難生活、双葉町の人達、加須、埼玉県
いまだ避難生活を強いられる双葉町の人々、加須、埼玉県

―ー産経新聞(24.3.11)






 被災3県の農家71・4%「悪影響、現在も」

岩手、宮城、福島の3県の農家のうち、71・4%が東日本大震災による農業経営への悪影響が「現在もある」と回答したことが、日本政策金融公庫の調査でわかった。

 原子力発電所事故による影響を含め、震災による悪影響について、全国の農家の31・4%が「現在も農業経営に悪影響がある」と答えた。北関東の茨城、栃木、群馬、千葉の4県では56・3%だった。

 全国では、震災後に需要が落ち込み、価格が下落した牛肉を生産する肉牛農家のうち、約8割が「悪影響を受けている」と答えた。

 影響の内容(複数回答)は、「販売価格の下落」が74・4%と最も多かった。ただ、東北地方と関東地方では、「風評被害」が7割を超え、ともに最多だった。
−−読売新聞(24.3.10)





 東日本大震災1年 家族離ればなれ3割、仕事ない4割

東日本大震災は11日で発生から1年になる。死者・行方不明者は1万9千人に上り、仮設住宅などで避難生活を強いられている人も34万人を超える。東京電力福島第一原発事故があった福島県では、県外に避難した6万3千人が、見えない帰郷の日を今も待ち続ける。一方、奪われた命を悼みながら、もとの暮らしを少しでも取り戻すための「復興」の手立てはどこまで進んだか。被災地では、槌音(つちおと)に希望を抱きながらも、進まぬがれき処理や除染、雇用対策などに不安や不満の声があがる。震災後2年目に向けての課題はまだ多い。

3.11 震災1年 家族は晴れ離れ3割
家の土台だけが残る仙台市若林区荒浜地区。奥は市南部の街明かり

 朝日新聞は1月下旬〜3月上旬、「いま伝えたい 千人の声」で取材した被災者やその保護者のうち、岩手、宮城、福島の仮設住宅とアパートなどの「みなし仮設」で暮らす計1033人に面接調査した。離れて暮らすようになった家族が「いる」と答えた人が3割に上り、失業や休業に追い込まれた人も4割いた。もとの暮らしを取り戻せていない実態を裏付けている。

 震災をきっかけに、離れて暮らす家族が「いる」と答えた人は32%。このうち、再び一緒に暮らす見通しが「立っている」と答えた人は14%だった。特に東京電力福島第一原発の事故による避難が続く福島では、離れた家族がいる人が50%に達したが、一緒に暮らす見通しが立っている人は7%だった。
−−朝日新聞(24.3.11)




 大震災から1年 生活再建など課題


日本大震災の発生から11日で1年。
復興が進まないなか、被災地では多くの人が仕事を見つけられず生活を再建できないままでいます。
さらに仮設住宅などで暮らしている人の4人に1人が閉じこもりがちになっていて、孤立をどう防ぐかも課題となっています。

震災1年 生活再建 課題

東日本大震災では、巨大な津波や激しい揺れで37万棟を超える建物が全半壊しました。
10日までに死亡が確認された人は1万5854人に上り、3155人の行方がいまも分かっていません。
避難先や仮設住宅などで不自由な生活を強いられている人は岩手、宮城、福島の3県を中心におよそ34万4000人に上っています。
震災から一年たっても復興が思うように進まないなか、被災した人たちの最大の課題は生活の再建です。
NHKが行ったアンケートで仮設住宅などで暮らす3分の1の世帯で収入が震災前の半分以下に減り、家計を支えていた人の5人に1人が仕事に就いていないことが分かりました。
厳しい雇用情勢を受けて、国は失業給付の期間を最大で210日間延長しましたが、来月末に給付が終わる人は1万人近くに上るとみられています。
被災した人たちの健康状態や心のケアも求められています。
11万6500人余りが暮らす仮設住宅では孤立する人が増え、NHKのアンケートでは4人に1人が「外出は週に1回以下」と答え、このうち9割の人が「よく眠れない」など体の不調を訴えています。
仮設住宅で独り暮らしをしていて病気や自殺で亡くなった人は、NHKの調べで18人に上っていて、孤立を防ぐ対策も急がれています。
原発事故の影響も深刻です。
11の自治体が避難区域に指定されている福島県では、放射線への不安などからおよそ16万人が自宅を離れて暮らしています。
一方で多くの自治体で放射性物質を取り除く除染作業が難航しているうえ、がれきの処理も遅れていて、復興に向けた大きな課題になっています。
−−NHK(3.11)




被災から1年、各地で慰霊


1周忌 各地で慰霊
鎮魂の夕べ石巻、宮城県

弥生灯篭流し 山田町 岩手県
弥生灯篭流し、山田町、岩手県

黙祷 Jリーグ 豊田スタジアム
Jリーグ試合前に黙祷、豊田スタジアム、愛知県

絆 東京タワー
絆、東京タワー、東京

慰霊する僧たち 南相馬
慰霊する僧、南相馬、福島県

慰霊の塔 仙台 荒浜
慰霊の塔、(荒浜、仙台)に慰霊する人達

−−産経新聞(24.3.10)




「福島戻りたい」減少57%…被災者アンケート


東日本大震災から1年を前に、読売新聞は岩手、宮城、福島3県の被災者計500人にアンケート調査を行った。

 岩手、宮城では復興への期待が膨らみ始めたことをうかがわせる反面、福島では悲観的な考えが依然、根強かった。
福島戻りたい 57%
慰霊の塔、荒浜区、仙台市

 読売新聞は震災発生から1か月、3か月、6か月と節目ごとにアンケートを実施してきた。今回は先月21〜29日、岩手、宮城両県で被災した各150人と、原発事故に伴い福島県内外に避難中の200人を対象に、記者が直接、聞き取るなどして調査した。

 岩手、宮城両県で「被災前に暮らしていた地域に戻りたい」と答えた人は43%。「戻りたい」と答えた人は、発生から1か月(65%)、3か月(47%)、6か月(42%)と減少が続いていたが、初めて歯止めがかかった。

 一方、福島県の避難者では、「避難前に暮らしていた地域に戻りたい」と答えた人は57%で、1か月(87%)、3か月(71%)、6か月(65%)と続く減少傾向に歯止めがかからない。
ーー読売新聞(3.11)




 東日本大震災:今なお34万人が避難生活 11日で1年


 東日本大震災から11日で1年を迎える。復興庁などによると今なお34万3935人が全都道府県に散って避難生活を送り、うち11万6787人が7県の仮設住宅に暮らす。警察庁のまとめでは死者は自然災害で戦後最悪の1万5854人に上り、3155人は行方が分からないまま。岩手、宮城、福島3県で推計約2253万トンのがれきが発生したが、最終処理済みは6%にとどまる。被災自治体の復興計画は5〜10年での完了を想定し、道のりは遠い。福島県はこれに加え、放射能汚染にも苦しむ。被災地では「風化」を懸念する声が強い。
−−−毎日新聞(3.11)
なお34万人が避難生活
灯篭、仮設住宅、釜石






大量がれき、復興の妨げ…東日本大震災1年

 巨大地震に端を発した大津波と放射能汚染によって、戦後最悪の災害となった東日本大震災は11日、発生から1年になる。

 岩手、宮城、福島の3県を中心に約34万人が避難生活を強いられ、東京電力福島第一原発事故で避難した住民の多くは帰郷のメドが立っていない。死者は12都道県の1万5854人。11日は全国各地で追悼行事が行われ、地震発生時刻の午後2時46分、列島は鎮魂の祈りに包まれる。

 被災者の大半は仮設住宅や民間借り上げ住宅で暮らしており、避難先は47都道府県全てに及ぶ。岩手、宮城、福島の3県では一人で生活していた18人が孤独死していたことが判明した。バスなど生活の足が不十分で、買い物や通院に苦労する高齢者も多い。

 3県で被災した商工業者のうち、22%は休業中か廃業を決めた。沿岸部の主力産業だった水産加工業などの再建も進まず、約6万5000人が職探しを続けている。

 復興を妨げる大きな一因は、地震や津波で発生した大量のがれきだ。
−−−読売新聞(3.11)

瓦礫の山 復興の壁
瓦礫の山、2000万トン




復興・再生の近道は適度なインフレ 「成長」最優先へ回帰が必要


東日本大震災からまる1年たった。通常、世界のどこでも歴史的規模の大災害のあとは投資主導で景気が上向くのだが、その気配に乏しい。伝わってくるのは、「復興」を名目にした予算ばらまきによる、限られた受益層による限られた地域でのいびつな高額消費ブームだけである。その風景は、政府がまともに「成長」を考えなくなった日本の縮図である。

復興 適度なインfレが近道

 復興・再生を果たすために必要なのは増税ではない。成長を最優先に据えた政策への回帰である。

90年代後半からデフレ

 グラフは、失われた成長の記憶を呼び起こすために作成した。「デフレーター」とは国内生産全体にかかわる物価水準を表す指数でプラス値はインフレ、マイナス値はデフレを意味する。1970年代半ばまでは高インフレ時代、70年代後半は中インフレ状態で、80年代から90年代前半までは低インフレ時代、90年代後半から現在まではデフレ時代と区分けできる。デフレーター前年比増加率(インフレ率)が名目成長率を上回れば、経済の実質成長率がマイナスになるのだが、それは1974年の1回だけである。このときは石油危機のために物価が高騰し、石油供給減のために生産も打撃を受けた。

 デフレが続く中では、われわれの所得を支える生産の回復が困難であるばかりか、強力な縮小圧力にさらされる。デフレの速度を上回る幅で名目成長率が落ち込む。98年から13年間で名目成長率がマイナスだったのは8回で、プラスだった年でもゼロ・コンマ台の成長率にとどまっている。2011年の国内総生産(GDP)実額規模(名目GDP)は91年にも満たない。11年の名目GDPは97年よりも約1割強、55兆円以上も縮小した。

 デフレと並行して自殺者は毎年3万人の大台を超える。新聞社会面では連日のように親殺し、子殺しの悲惨なニュースが出る。

 デフレ不況は家計や企業のせいではない。大多数の日本人は相変わらず勤勉でまじめだし、多くの企業は新しい技術や製品の開発に明け暮れている。もっともらしく聞こえる「少子高齢化」のせいでもない。

働ける年齢層(15〜64歳)の人口比率はデフレが始まった90年代後半でも7割近く、当時の中国を上回っていた。10年に高齢化人口比率がその数年前の日本並みに高まったドイツなど欧州も金融危機のもとでデフレ不況になっていない。

 元凶は政府の経済政策にある。官僚がデフレ、ゼロ成長をよしとする政策を主導し、メディア多数と御用学者が唱和する。総じて政治家に危機感が乏しい。それが「失われた20年」の真相だ。

 GDPが増えないと税収は増えない。財政収支が悪化する。そこで財務官僚は「日本はギリシャみたいになる」と喧伝(けんでん)しては政治家をたきつけ、増税だけが日本のサバイバルの道だと信じ込ませている。政府が増税により返済を保証する国債は海外の投資ファンドから好んで買われる。増税という強烈なにおいが円投機の「オオカミ」たちを呼び寄せるのだ。予定通り増税しないと、オオカミたちが日本国債を投げ売りし、日本をギリシャみたいな財政破綻国家にしてしまうと首相らがおびえる。

 超円高と増税で、大企業は日本国内への投資を断念し、中国、米国など対外投資に走る。銀行も国内向けの融資を減らして、海外向け融資に血道を挙げる。国内産業はさらに疲弊し、雇用の場がますます細る。復興・再生の道はますます遠のく。

政治で最優先は経済

 怒りを覚えるのは、野田佳彦首相と谷垣禎一自民党総裁の「密談」である。目的は消費増税関連法案の国会成立と衆院の「話し合い解散」だという。いやしくも、世界のどの国であっても、政治の最優先課題は経済の成長でなければならない。成長なくして、税収は増えず、社会保障制度も維持できない。若い世代は子供をつくる気になれない。中国の軍拡に対抗できる装備もまかなえない。未曽有の災厄とデフレ不況のさなかにあるというのに、与野党とも指導者が成長政策を棚に上げ、官僚シナリオに従って増税を駆け引きの道具にすることしか考えない国が世界のどこにあろうか。

 グラフからも読み取れるように、デフレから脱し、インフレ率をプラスに持っていくことが、経済活力を回復させる近道だ。

 現に、日銀がおぼつかない言い方であっても、たった「1%のインフレ目標」を2月中旬に打ち出しただけでも、円高に歯止めがかかり、円投機に向かっていた資金が株式市場に流れ、景気回復の期待を抱かせたではないか。

 政府も政治家も国を成長させる本来の役割に立ち返るときだ。
−−産経新聞(3.11)



 今も残る深い爪後、被災地の状況


巨大タンクが残る石巻
巨大タンクが残る、石巻、宮城県

タンカーが残る気仙沼
タンカーが残る、気仙沼、大船渡

蒸気機関車の残骸 南三陸
蒸気機関車の残骸、南三陸、宮城県

警察署の屋根に車 南三陸
南三陸、警察署の屋上に車、宮城県

無人の町 大熊町
人のいない無人の町、大熊町、福島県

−−産経新聞(24.3.10)







泥かき出し捜索も発見なし…なお3167人不明

東日本大震災から11日で1年を迎えるのを前に、岩手県警と釜石海上保安部は9日、沿岸部で行方不明者の集中捜索を実施。

泥の中捜索 発見ない なお3167名不明者
東日本大震災から1年を前に、行方不明者の一斉捜索を行う岩手県警の警察官ら(9日、岩手県大槌町)

 大槌町では、警察官43人が全壊した町役場周辺の水路で泥をかき出した。この日は発見できなかったが、捜索は10、11日にも行う。警察庁によると、震災による行方不明者は9日現在で3167人。
−−読売新聞(24.3.10)

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震災1年:止まらぬ人口減 「職」「住」喪失、生活描けず 「国策支援を」首長悲鳴

東日本大震災後、人口が計8万人以上も減少した岩手、宮城、福島3県。震災前から人口減と高齢化が進む地域が多かったものの、震災で一気に人口流出が加速する想定外の事態に陥った。即効性のある対策は見当たらず、自治体からは「もうお手上げ」との声すら漏れる。専門家は、将来を担う若者の声を反映した復興計画の重要性を指摘する。
震災から1年 手付かずの状況
津波で壊滅し人口が激減した石巻市の旧雄勝町(2月24日)

 ◇「職」「住」喪失、生活描けず

 「大変に厳しい数字だ」。宮城県南三陸町の佐藤仁町長は今年2月、被災者の転出が想定以上に進んでいることを示す町の調査結果を見て絶句した。実施したのは復興住宅整備などの計画を策定するための住民調査。中間集計では回答者の11%が「町外に移転した・移転予定」とした。商業地が壊滅した志津川地区では「移転・移転予定」が13%に上った。

 震災直前には1万7666人だった町の人口は、多数の犠牲者や転出のため12・5%減少し、1万5458人(1月末現在)になった。復興計画(昨年12月策定)では、町内への人口回帰や雇用の創出で、10年後もわずかな人口減少で食い止められると見込んでいたが、既に甘い予測だった可能性が出てきた。

 高齢化も著しい。21年には65歳以上が5232人で人口の35%を占めると推計される。帝国データバンク仙台支店の紺野啓二・情報部長は「インフラ整備はしたものの人は住んでいない『税金の無駄遣い』にならないよう、企業再建と雇用の確保をしなければならない」と指摘する。

 平成の大合併で同県石巻市に吸収合併された旧雄勝町は、約1660世帯(11年2月末)のうち1231世帯が全壊、115世帯が大規模半壊・半壊とほぼ全集落が壊滅状態になった。死亡・行方不明は236人。残った住民も市内外の親類宅に身を寄せるなどし、約4300人いた住民は約7割減の約1300人しかいなくなった。

 市雄勝総合支所は内陸の高台に住宅街を整備し、人口流出を食い止めたい考え。三浦裕・地域振興課復興対策副参事は「親戚を頼って県外に行った高齢の住民からも『早く雄勝に戻りたい』という声を聞く。少しでも早く高台移転を進め、住民が戻れる場所を作ってあげたい」と話す。

 一方、一部の住民は「海が見える故郷の集落から離れた内陸への高台移転が進められたら、戻ってくる住民は少ない」と高台移転に反発。合意形成は全域では得られていない。

 一方、住まいや仕事を失った被災者の受け皿になっている仙台市。人口は105万3086人(2月1日現在)で前年同月より6100人も増え、過去最高を更新した。

 繁華街・国分町は活況にわいている。ある居酒屋の男性店長は「被災地外から建設作業員らが来ていることもあって、昨年の売り上げは3割増しだった」と話す。【熊谷豪、宇多川はるか】

 ◇「国策支援を」首長悲鳴

 岩手、宮城、福島3県42市町村長アンケートでは、「震災により人口流出が加速した」との回答が6割近い24人に上った。被災地では震災前から、高齢化率(人口に占める65歳以上の割合)が30%を超える自治体が多く、死亡数が出生数を上回って人口は減少に転じていた。そこに震災が追い打ちをかけた。

 アンケートでは、復興計画が完了する時点での人口見通しについて、4割の16人が「大幅に(おおむね1割以上)減少する」と回答。沼崎喜一・岩手県山田町長は「1次産業は後継者難に直面し、雇用もない」と説明し、放射能汚染の影響が深刻な福島県浪江町の馬場有(たもつ)町長は「県外に避難する約7000人は、ほとんど帰らないようだ」とした。

 若者の流出防止策では、新産業育成や企業誘致、1、2、3次産業の組み合わせによる雇用の場の確保▽教育環境の充実や子育て支援▽住環境の向上−−などを挙げる首長が目立った。ただ、野田武則・岩手県釜石市長は「企業がアクセスの悪い土地に好きで進出してくるとは考えにくい。国策として目を向けてもらわなければ、三陸全体が限界集落になってしまう」と言う。佐藤仁・宮城県南三陸町長は「雇用を支えた企業・商店の85%が壊滅して仕事が無く、手立てはない」と話した。

 東北各地で街づくりに助言し、宮城県石巻市などで復興を支援する北原啓司・弘前大教授(都市計画)は「以前から指摘されながら、思い切った改革や世代交代をしなかったところに、10年早く危機が来た」と指摘。従来は地位のある人たちだけで街づくりが進められてきたとして、「若い世代にチャンスを与え、自分たちの街は自分たちでつくっていく姿勢が必要だ」と話す。

 今後は日本全体が人口減少に直面する。北原教授は「被災地を対岸の火事とせず各地で考えていくべきだ」と語った。
ーー毎日新聞(24.3.8)

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大震災からもう1年、手付かずのまま心痛む被災地


人のいない警戒区域
誰もいない警戒区域・双葉町3月3日現在

水の引かない北上川河口 石巻
水没・北上川河口、石巻(24.2.17)

ガレキの山 2000万トン
ガレキの山、2000万トン

津波で事項減少 石巻
南三陸、高台の公園から撮影(24.3.3)


42市町村 被災地の状況
岩手県

グーグル、ヤフー検索

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「耐える日々、続いている」 被災各地で追悼行事


東日本大震災から1年を前に、被災各地で4日、追悼行事があった。家族を失った人たちは、いまも癒えぬ思いを語った。

大川小学校1周目法要
大川小学校で被災した児童や教職員の写真が並んだ一周忌法要

 児童と教職員計84人が死亡・行方不明となった宮城県石巻市立大川小学校。遺族会会長の武山剛さん(57)は、市内での一周忌合同法要に参列した遺族ら約500人にこう呼びかけた。「苦しくつらい思いは癒えることなく、耐える日々が続いております。互いに助け合い、生かされた命を大切に、泣きながらも苦しみながらも、懸命に生きていこうではありませんか」

 6年生だった三男の雄樹さんを亡くした佐藤和隆さん(45)は「1年たったという実感はない。あのころと同じ気候になってくると余計につらい」と語った。

 避難場所に指定されながら建物ごと津波にのみ込まれ、多くの人たちが犠牲になった同県石巻市の北上総合支所。建物が近く解体されるのを前に行われた慰霊祭で、市職員の姉が行方不明になっている三浦多美江さん(43)は「壊れた建物を見るのはつらい。でもここに来ると姉に会えるような気がする。多くの犠牲者が出たことを何らかの形で残し、供養できる場所をつくってほしい」と語った。

 支所は北上川河口近くにあった。津波で全壊し、コンクリートの柱が傾いた。市によると、震災時に住民や隣の吉浜小学校の児童らが避難していたが、助かったのは支所の職員2人と児童1人。津波に襲われる前、職員が点呼をとった時点で職員19人と避難者が38人いたというが、流された人の正確な人数や氏名は今もわからないという。

 218人が犠牲となった岩手県大槌町の安渡(あんど)地区。地震が起きた午後2時46分に半鐘とサイレンが鳴り、約400人が黙祷(もくとう)した。母、妻、娘の3人が行方不明の白銀照男さん(62)は、「寒い思いをしているだろう。早く見つかってほしいと、ますます強く願っている」と話した。

 妻を亡くし、仮設住宅の支援員をしている黒沢久さん(65)は「よくやっているよ、と妻が見ていてくれている気がする」。

 東京電力福島第一原発の事故で警戒区域となっている福島県楢葉町。追悼式では、津波で犠牲となった町民の数と同じ13本の桜の苗木を植えた。防護服で参加した大和田和夫さん(55)は、亡くなった母トキさん(当時83)を悼んだ。式の後、「桜が育ったころに町で暮らせれば」と話した。

 全域が警戒区域の双葉町は、いわき市で慰霊式を開いた。津波で父利克さん(当時54)を亡くした田中友香理さん(25)は「1年経っても受け入れられない自分がいる。それでも、この式を機に少しでも前を向いていけたら」と涙ながらに述べた。
−−朝日新聞824.3.5)

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大川小学校でひな飾り



大川小学校に設置されたひな飾り、宮城県石巻市、

3月3日のひな祭りを前に、児童74人が死亡・行方不明となっている宮城県石巻市の大川小学校で26日、遺族やボランティアら約30人がひな人形を飾り付けた。千葉県の不動産会社「大里綜合管理」が人形を集め、ボランティアグループ「りあすの森」との呼びかけに遺族がこたえて実現、校内に5セット約70体の人形が並んだ。
−−朝日新聞(24.2.27)

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東日本大震災:暮らしどうなる? 福島の母親、悩み尽きず 


福島第1原発事故による放射能汚染から子どもたちを守ろうと、東京の小児科医らが「こども健康相談会」を福島市内で無料で開いている。地元では、子どもの健康に不安があっても口に出せないと言う。母親たちはどんな悩みを抱えているのか。1月に開かれた相談会をのぞいた。【中村美奈子】

 ◇「不調、放射能のせい?」

 「福島のお医者さんは、放射能は健康に全く問題ないと言い張る。放射能のことは福島では聞けないし、相談できないんです」。福島市の40代女性は訴えた。

 母子家庭で、3人の子を一人で育てている。県外に避難したいと考えたが、子どもに合う学校を探し、住まいや職場も一度に決めなければならない。仕事は簡単に見つからず、経済的に引っ越す余裕もない。悩んだ末に昨秋、福島でやっていこうと決めたという。

 中学3年生の長女は昨年10月、吐き気が1カ月以上続いたため、市内のかかりつけの小児科を受診した。

 「放射能の影響かと心配なんですが」と女性が切り出したとたん、医師は顔色を変え、「放射能と関係ないですから」と否定した。長女の学校の担任からも「お母さんが放射能を気にするから、子どもに影響が出るんじゃないですか」と言われていた。「私には相談する場所はないんだ」。孤立感を感じた。悩みを抱え込み口に出せないのが「一番きつい」と女性は言う。

 昨年11月。女性は市内の任意団体「市民放射能測定所」で、3人の子がどの程度、内部被ばくしているのかをホールボディーカウンターで調べた。放射性セシウム134と137の数値が記された結果表が届き、測定所のスタッフに聞いてみると、「平均値より低めです」と言われた。しかし高線量地域に住み続ける以上、継続的な測定が必要。また日常生活で浴びた放射線を少しでも減らす工夫が必要だ。この日、医師からは「帰宅したら、シャワーを浴びて放射性物質を洗い流して」と助言された。
暮らしどうなる h−ルボデイカウンタ−検査
ホールボディーカウンター

 シャワーについては「めんどうくさい」と長女が渋っており、当面の課題になりそうだ。長女の吐き気は、前回11月の相談会で医師が、きちんと話を聞いてくれたという。「原因は分からなかった。でも、受け止めてもらえただけでもよかった」。女性は少しおおらかな気持ちになったという。

 ◇「何を食べたらいいのか」

 会場には、何を食べたらよいのかの栄養相談のコーナーも設けられた。月刊誌「食べもの通信」の編集者が応じ、長時間話し込む母親が多かった。

何を食べられる?

 最近、長女(9)がじんましんで入院したという福島市の女性(35)は約50分話し込んだ。病院でもじんましんの原因は分からなかったという。震災直後から関東と東北の食品は買わないようにしているが、手に入る野菜は少なく、栄養が偏るのではと悩んでいた。

 「近くの店のイチゴは福島産なので与えず、牛乳も飲ませていない。ジャガイモやタマネギは北海道産が手に入るけれど、レタスは県内産ばかり。豚肉はメキシコ、牛肉は豪州、サケはチリ産を食べている」。ホールボディーカウンターで内部被ばくを測りたいが申し込みが多く、希望はかなっていない。

 回答した編集者の松永真理子さんは▽旬の野菜や自然塩でミネラルをとる▽みそを常用し、食物繊維や水、麦茶をとって排せつしやすい体をつくる▽体を冷やさず早寝早起きし免疫力を高める−−ことを勧めている。「お母さんたちの相談はいつまでも終わらない。子どもの前では泣けない、という人もいた」と話す。

 ◇長期保養、受け入れ先探す

 こども健康相談会は、福島市内の「市民放射能測定所」理事長の丸森あやさんが、都内の小児科医、山田真さんの講演を聞き、医師として活動に加わってほしいと依頼したことから始まった。山田さんの医師仲間がボランティアで医療相談に応じるほか、関西から臨床心理士らが加わっている。昨年6月に始まり1〜2カ月に1度開く。

 1月は東京や千葉などの医師10人が、40家族の子ども74人の相談に応じた。3家族の子ども4人が▽目にくまができた▽風邪を引きやすくなった▽微熱が続く−−との共通の症状を訴えたという。

 測定所は10月から、ホールボディーカウンター1台で2600人の内部被ばくの状態を測っている。20歳未満と妊婦は無料、20歳以上は1回3000円。希望者が多く、予約がすぐいっぱいになるという。食品測定器は1検体(1リットル)3000円で持ち込み分を測定、空間線量計は500円で2泊3日貸し出す。

長期保養はできるの?
保養所イメージ

 福島では夏休みを区切りに転居した人が多く、避難の波は止まっている。しかし離れることを考えている市民は少なくないようだ。悩みを聞いた医師からは「経済的な補償があれば避難したい、という潜在的な要望があるのでは」という指摘が相次いだ。

 「福島にいてはだめなのかと迷いつつ、皆さんが相談に来る。1週間でも1カ月でも、ここから離れる機会を作ったらと答え、保養を勧めている。保養中に先のことを考えては……と言うと、皆さんほっとするようだ」。相談にあたった「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」世話人、吉野裕之さんはいう。

 吉野さんは、学校単位で長期間の保養をする可能性を探っている。友だち同士の家族で1グループを作り、線量の低い場所にグループ単位で一軒家を借り、1カ月ごとに保養できれば−−と考えている。保養先を探したところ、宮城県内に建設中の施設が夏ごろから利用できる見込みだ。

 吉野さんは2月11〜12日、被災者の受け入れ団体が全国から福島市内に集う「放射能からいのちを守る全国サミット」で、受け入れ施設を探すつもりだ。
−−毎日新聞(24.2.7)

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飯舘村、心の荒廃懸念 5割が家族別離


東京電力福島第1原発事故で計画的避難区域に指定され、全村避難を強いられている福島県飯舘村の菅野典雄村長が毎日新聞の取材に「ストレスで避難民にいがみ合いが生じている」と述べ、村民の「心の荒廃」に懸念を示した。別々に避難している家族も多く、村のアンケートでは「自分や家族の健康状態が悪くなった」との回答が60%、「イライラすることが増えた」は39.9%。放射能汚染で先を見通せない避難生活が大きく影響しているとみられ、原発震災の深刻さが浮かんだ。
心の荒廃懸念 飯館村
福島県飯舘村

 飯舘村は昨年4月22日に計画的避難区域となり住民の大半は県内外で避難生活を送る。菅野村長は「心の痛み、家庭の崩壊が進んでいる。戻りたい人と戻れない人、家族同士、世代間の葛藤がある」と指摘した。

 特に、仮設住宅で暮らす約3割の村民と、県の借り上げ住宅などに点在する村民との対立が目立ち「なんで仮設ばかりに支援物資が行き、借り上げに来ないのか、と言い合うようになり、『差別だ』との声まで出ている」という。村民のうち2708人を対象に行い1743人から回答を得て村が先月まとめたアンケートでも「仮設住宅以外にも公平な支援を」との訴えが80人に上った。

飯舘村民の避難生活に関する実態調査報告書(2011年12月)より
飯館村 50%家族離別

 このアンケートによると、震災前と同様に「全ての子供と一緒に暮らしている」のは55.7%にとどまり、「避難に伴い全ての子供を別の場所に避難させた」は21.3%、「一部の子供を別に避難させた」は15.4%。3分の1以上は親子が別々に暮らし、祖父母も含めて同居していた家族が別々に暮らす割合は50.1%に上る。

 また、収入は5割かそれ以上減った人が34.7%。体調の変化では「睡眠があまりとれていない」が36.8%、「たばこやアルコールを飲む回数や量が増えた」が17.9%。

 自由回答では「急に飯舘村のことを思うと悲しくて涙がとまらなくなり、途方に暮れ不安になる。子供が突然涙を流し帰りたいと言う」「県外に避難したと非難され、友人との仲が悪くなった」「生きていることがつらくなった」「やる気が起きない。食欲がない」などの悩みが多数寄せられた。

 菅野村長は「天災ではなく人災、何も悪いことをしていないのに無理やり避難させられたという思いが村民にはある」と指摘。「以前は冷害で苦しんでもお互い様で、助け合う意識があった。天災なら苦しい時期があってもゼロからのスタートができる。だが、放射能汚染相手だと3年先、5年先でもスタートを切るのは簡単ではない」と、気持ちの整理をつけられない村民の思いを代弁する。

 「これが放射能(という目に見えない災害)の特殊性。だから除染はここ1、2年が勝負。本気になって『帰れるんだな』という思いを作らないとダメなのに、国の認識は非常に甘い」と語った。
−−毎日新聞(23.1.29)

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大川小学校:校長「怠慢」と初の謝罪…大川小で説明会


 東日本大震災の津波で児童74人、教職員10人が死亡・行方不明となっている宮城県石巻市立大川小学校の保護者に対し、石巻市教育委員会は22日、約7カ月半ぶりに説明会を開いた。同小の柏葉照幸校長は「職務上の怠慢があったと言われても仕方がない。本当に申し訳ない」と謝罪した。大川小の被災を巡って市教委が明確な謝罪をしたのは初めて。教諭の中で唯一生き残った男性(休職中)が昨年6月、保護者と柏葉校長あてに書いた手紙の全文も初めて公表され、避難時のやりとりの一部が明らかになった。


幸の中で慰霊する人達(24.1.26)

 説明会は4月、6月に続き3回目で、大川小の間借り先である石巻市内の飯野川第一小学校で開かれた。

 柏葉校長は大川小が作成していた「危機管理マニュアル」を説明。津波被害が予想される地震などの災害時の避難先について「高台や空き地」などと記載していたが、具体的な場所や地名を示していなかったことを明らかにした。「教員らもどこへ逃げるべきか分からず、判断の遅れが出たのかもしれない」などと述べた。

 市教委は児童らからの聞き取り調査を基に新たにまとめた報告書も公表。当時の避難について「避難場所を定めていなかったことにより、高台避難が迅速に判断できなかった」と記載した。

 また大川小では▽年1回の地震を想定した避難訓練も、児童が校庭に避難した時点で終了していた▽緊急時に迎えに来た保護者らに児童を引き渡す訓練も計画されていたが、実施されたことはなかった−−ことも明らかにされた。境直彦教育長は「教育委員会として学校が定めた防災計画や避難訓練の取り組みの効果的な実施を指導するなど、津波に対する危機意識を高めておくべきだった。天災と人災の両方の面があったと思う」と述べた。

 会は午後2時から始まり、約3時間半に及んだ。同小4年と5年だった2人の子を失った高橋春夫さん(52)は「言い訳だけで、無責任。子供たちの命を守るという教育現場の危機感のなさにがっかりした」と怒りの声を強くした。3年と4年の男児を亡くした父親(52)は「これでは学校の怠慢のために子どもたちが殺されたようなもの。まさしく人災だ」と憤った。

 ◇石巻市立大川小学校の被災経緯◇

 石巻市教育委員会の調査などによると、東日本大震災が起きた昨年3月11日、大川小の児童や教員が避難を始めたのは、大地震発生から約45分後の午後3時半ごろ。小学校から一番近い高台だった裏山は「地震による倒木の恐れがある」との意見が出たため、約200メートル西の新北上大橋たもとの交差点を目指したが、裏山沿いの道を歩いていた時に津波にのまれた。




◇先生の手紙

東日本大震災の津波で児童74人、教職員10人が死亡・行方不明となっている宮城県石巻市立大川小学校の保護者に対し、石巻市教育委員会は22日、約7カ月半ぶりに説明会を開いた。同小の柏葉照幸校長は「職務上の怠慢があったと言われても仕方がない。本当に申し訳ない」と謝罪した。大川小の被災を巡って市教委が明確な謝罪をしたのは初めて。教諭の中で唯一生き残った男性(休職中)が昨年6月、保護者と柏葉校長あてに書いた手紙の全文も初めて公表され、避難時のやりとりの一部が明らかになった。

 ◇「山に行きましょうと強く言っていれば」…教諭の手紙(要旨)

 教諭の中で唯一生き残った男性が保護者と柏葉校長あてに書いた手紙(いずれも昨年6月3日付)は、説明会の前半に朗読された。石巻市教委は昨年6月の第2回説明会で、この手紙について「個人名が明記されている」などの理由で詳細部分は明らかにしていなかった。

 この男性教諭は大川小の裏山に避難して津波を逃れたが、その後体調を崩して休職中。震災時は校外にいた柏葉校長あての手紙で「(現場にいて犠牲になった教頭に)最後に山に行きましょうと強く言っていればと思うと、悔やまれて胸が張り裂けそうです」などとつづっている。

 各手紙の要旨は次の通り。

 ◇保護者の皆様

 あの日、校庭に避難してから津波が来るまで、どんな話し合いがあったか、正直私にはよく分からないのです。その中で断片的に思い出せることをお話しします。

 子供たちが校庭に避難した後、私は校舎内に戻り、全ての場所を確認しました。全部回るにはかなり時間がかかりました。

 校庭に戻り「どうしますか。山へ逃げますか」と(教頭らに)聞くと、この揺れの中ではだめだというような答えが返ってきました。余震が続いていて木が倒れてくるというような理由だったと思います。

 そのやりとりをしている時、近所の方々が避難所になっている体育館へ入ろうとされていたので、危険だから入らないようにお話ししました。

 近くの施設に避難しようとの話があり、危険だからだめだとのやりとりも聞こえてきました。

 私は2次避難に備え、はだしで逃げてきた子や薄着のため寒さで震えた子がたくさんいたので、教室にあったジャンパーや靴などを校庭に運んでいました。トイレを我慢できなくなった子を連れて行ったりもしていました。

 サイレンが鳴り、津波が来るという声が聞こえてきました。教頭に「津波が来ますよ。どうしますか。危なくても逃げますか」と聞きました。でも答えは返ってきませんでした。一番高い校舎の2階に安全に入れるか見てくるということで、私が見てきました。戻ってくると、子供たちは移動を始めていました。近くにいた方に聞くと、「堤防の上が安全だからそこへ行くことになった」ということでした。経緯は分かりません。

 何を言っても、子供の命を守ることができなかった罪が許されるはずはありません。今はただ、亡くなられた子供たちや先生方のご冥福をお祈りする毎日です。本当に申し訳ございません。

 ◇柏葉校長先生へ

 当時の状況を送信させていただきました。本当に申し訳ございません。当時の状況を思い出して恐ろしく、思い出そうとすると全身の血の気が引いて倒れそうになります。今、文章を打っていても手が震えます。

 あくまで想像ですが、あの極限状態の中で、本当に教頭先生も迷われたのだと思います。ずっと強い揺れが続いており、木が倒れている(錯覚だったのかもしれませんが、皆そのように見えていたと思います。私も子供と山の中にいたとき、何度も揺れるたびに周囲の木が折れて倒れる音を聞いています。そのたびに場所を変えたのですから)状況の中、道もない山に登らせるのをためらわれたのだと思います。せめて1本でも道があれば、教頭先生も迷わず指示を出されたと思います。それだけに、最後に山に行きましょうと強く言っていればと思うと、悔やまれて胸が張り裂けそうです。
ーーー毎日新聞(24.1.23)



大川小学校の説明会

大川小学校位置図



津波で破壊され,ガレキに埋まった大川小学校-23.3.31撮影

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被災「車」進まぬ処分、解体業者の採算合わず

東日本大震災から11日で10か月となったが、津波で被災した自動車のリサイクルは進んでいない。

 解体して部品を売却しようとしても利幅が小さく業者が引き取りに及び腰のためだ。県や市町村による所有者の意思確認が難航していることも一因とみられる。

 宮城県名取市では約2500台の車が回収され、県が昨年11月、このうち175台を入札にかけたところ、東京の業者が525万円で落札した。だが、入札に参加した同市の業者は「とてもあんな価格では釣り合わない」とこぼした。他の地元業者も「1台2万円でも引き取るのは難しい」と漏らした。

 通常、業者は自動車リサイクル法に従い、引き取った車を解体、エアコンのフロンガスを処理するなどした上で再利用できる部品を売却して利益を上げる。しかし津波をかぶった車は、さびたり泥や砂が混じったりして再利用できる部品が少ないため価値が低い。

 落札した業者は、部品は廃棄し、ボディーだけ鉄くずとして再利用するといい、「赤字は承知。復興のためにできることをさせてもらった」と説明した。

ーー(2012年1月12日 読売新聞)


宮城県警行方不明者を集中捜査


宮城県警は1月11日、被害が大きかった同県気仙沼市の海岸線で行方不明者の集中捜索を実施した。 警察庁によると、大震災の死者は10日現在、12都道県で1万5844人、行方不明者は3450人に上る。被害の大きい3県の死者は岩手4667人、宮城9506人、福島1605人。不明者は岩手1368人、宮城1861人、福島217人。 宮城県警の行方不明者特別捜索隊員と気仙沼署員は11日、遺体や所持品が流れ着いている可能性の高い海岸線を中心に活動。県警によると、宮城県内では昨年12月13日以降、遺体は見つかっていない。
−−産経新聞(24.1.12)





雇用確保が喫緊の課題
一次避難所、3県すべて解消 福島の9世帯、仮設住宅へ

福島県は28日、県内に残る1次避難所2カ所にいた避難者が仮設住宅などに移り、1次避難所の受け入れ数がゼロになったと発表した。岩手、宮城両県ではすでに、すべての避難所が解消されている。

 福島県南相馬市によると、同市内の陸上競技場管理棟にいた避難者9世帯13人が同市内の仮設住宅に入居した。また、同県富岡町から会津若松市の施設に避難していた1人がホテルに移った。ただ、富岡町によると、この避難者は年明けに同じ施設に戻りたい意向を示しているという。
−−朝日新聞(23.12.29)

一時避難書全て解消
石巻一時避難書閉鎖10月11日

仮設住宅へ移転完了
仮設住宅 





雇用確保が喫緊の課題

被災地106校間借り:生徒、保護者ら進路などに不安も(福島県

東日本大震災から9カ月経過した今も、東京電力福島第1原発事故の影響は、福島県の教育現場に暗い影を落とす。特に、避難を強いられている地域の学校は、地元で授業を再開できる見通しは立たない。児童生徒の減少、不自由な施設、授業時間確保といった現状の問題に加え、進路の選択に不安を感じる保護者もいる。

106校が間借り
学校間借り、気仙沼

 第1原発が立地する福島県大熊町の小中学校計3校は、町の仮役場がある会津若松市で授業をしている。移転のため使われていなかった小学校や高校の校舎跡を改修し、4月から授業を始めた。

 別の地域に避難した家庭も多く、熊町と大野の両小学校の児童は震災前の約半数の計356人、大熊中学校の生徒も約6割の208人にまで減った。支援物資の保管場所だった同中の体育館は9月からようやく使えるようになったが、グラウンドは来年、同市内の小学校が建て替えられる関係で使えず、近くの陸上競技場などを借りている。

 大半の児童生徒は会津若松市内に約10カ所ある仮設住宅で家族と生活し、巡回のスクールバスで登下校する。しかし、一部は隣の喜多方市居住で、片道1時間以上かかる。このため、同中では週3日ある6時間目の授業時間を確保できず、規定に週3コマ足りない状態が続いている。

 斎藤芳信校長は「総合的な学習の時間や道徳の時間を減らし、3年生には高校受験に向けた補習授業もして対応している。だが、親の仕事など家庭の事情もあり、自分の希望だけでは進学先を選べない生徒もいる」と説明する。

 来年度、同中の卒業生の多くが進学する双葉郡内の県立高3校は会津若松市から約100キロ離れたいわき市内の大学の施設を借りて授業を行う予定だ。会津若松市からは遠くて通えないため、この3校に入学すれば県が設置を検討する宿泊施設で親元を離れて暮らすことになるという。

 長男が大熊中2年生の女性(41)は「いつ大熊町に戻れるかも分からない状況の中で、どこの高校を選べばいいのか不安」と話す。

 同様に警戒区域に位置する富岡町の小中学校計4校は、約40キロ離れた三春町で授業をしている。4校で約1420人いた児童生徒のうち、郡山市、三春町、大玉村に避難している80人が学んでいる。

 富岡町は、1学期はそれぞれの避難先の小中学校への区域外就学を要請していたが、生徒や保護者から「慣れ親しんだ先生から授業を受けたい」と要望を受けたこともあり、9月1日に4校の生徒を集めて仮設学校を開設した。郡山市と三春町の公共施設が借りられず、自動車部品工場の管理棟を改修して使っている。

 集まった生徒は、1学期の間は教科書も授業の順序もばらばらだったので、ついていけない生徒が出ないよう配慮した。仮設校舎では体育館が確保できず、近くの三春町立中学校で週に数回借りての授業だ。
バス通学で部練できず
川俣南小学校・バスで間借り学校へ通学

 富岡第一中学校の相良昌彦校長は「スクールバスの送迎があるので部活は実施できず、生徒の運動量をどう確保するかが課題」と頭を悩ませている。
−−−毎日新聞(23.12.12)

福島県学校施設の放射線測定マップ(文部科学省資料)を見る





雇用確保が喫緊の課題

被災者の雇用確保 喫緊課題に


東日本大震災の被災地では、多くの被災者が仕事を失い、今もおよそ6万6000人が雇用保険の失業給付を受けていますが、来年の1月以降、給付が切れる人が相次ぐため、安定した雇用の確保が喫緊の課題になっています。

警察庁によりますと、東日本大震災で東北地方で亡くなった人は、9日までに1万5780人に上っています。県別では、宮城県で9505人、岩手県で4665人、福島県で1605人、青森県で3人、山形県で2人となっています。また、行方が分からない人は合わせて3490人で、宮城県で1880人、岩手県で1388人、福島県で221人、青森県で1人となっています。被災地では、津波で沿岸部の工場や商店などが流されたため、多くの被災者が仕事を失い、雇用保険の失業給付を受けている人は、ことし10月現在、6万6366人に上っています。一方、岩手、宮城、福島の3つの県で、10月に企業の正社員として新たに就職できた人は4527人にとどまっています。被災地では、建設業などで短期の雇用が増えているものの、震災前と同じ水準で事業を再開できた企業は少なく、被災者の生活再建に欠かせない安定した雇用には十分に結びついていません。来年の1月以降は、失業給付が切れる人が相次ぎ、雇用危機が本格化する懸念も高まっていて、安定した雇用の確保が喫緊の課題になっています。
−−−NHK(23.12.11)





「故郷に戻らない」4人に1人 原発事故避難8町村調査


東京電力福島第一原発事故で住民が避難している福島県双葉郡8町村の全世帯を対象に実施されたアンケートで、回答者の4人に1人が「元の居住地に戻る気はない」と答えた。30代前半までの回答では5割を超え、地域の先細りが心配される。


 福島大学の災害復興研究所が町村の協力を得て8月から今月まで実施した。避難先にも送られる広報誌に同封して2万8184世帯に調査票を送り、48%にあたる1万3463世帯から回答を得た。

 元の居住地がどのような状態になれば戻るか、との問いには「他の人々がある程度戻ったら」が27.8%、「除染が実施されれば」が22.7%。一方「戻る気はない」が26.9%で、特に34歳までの回答者では52.3%を占めた。原発が立地する大熊町、双葉町と隣の富岡町で「戻る気はない」が3割を超えた。
ーー朝日新聞(23.11.9)




路線価、宮城で最大8割減 「調整率」原発周辺は「0」扱い

国税庁は1日、相続税や贈与税の算定基準となる平成23年分の路線価(今年1月1日時点)に、東日本大震災による被災地の地価変動を加味した「調整率」を公表した。宮城県女川町の一部で0・2と路線価が8割引き下げられたほか、津波被害を受けた太平洋沿岸地域は軒並み7割超の減少。福島第1原発周辺の12市町村で、警戒区域や計画的避難区域などに指定された地域は相続・贈与税の申告にあたり「ゼロと申告して構わない」とした。

 下落幅が大きいと税負担が軽くなるケースがある一方、地価相場や不動産取引に影響する可能性がある。

 路線価に調整率が適用されるのは阪神大震災(平成7年)に続いて2回目。青森、岩手、宮城、福島、茨城、栃木、千葉の7県全域と、埼玉県、新潟県、長野県の一部約6万5千平方キロ(全国の17・1%)が対象。同庁が財団法人「日本不動産研究所」に調査を委託し、6月から約2カ月、約900地点で行われた調査をもとに設定された。

 調整率が最も低かったのは宮城県女川町の一部宅地で0・2。同県東松島市、南三陸町、山元町が0・25、仙台市若林区や岩手県大槌町、福島県いわき市など3県23市町村の一部が0・3となった。

 液状化の被害を受けた千葉県浦安市は「ブランドイメージの低下」(同庁)などを理由に、一部地域で0・6と4割減少した。

福島県浪江町の不動産会社「双葉不動産」の岩野丈美管理部長はそう話す。約2千物件の大半は、立ち入りが禁止された同町や双葉町などの警戒区域内にある。本社機能移転を余儀なくされ、収入はほぼゼロになった。「価格がつかないのは分かるが、この先どうなるのか」

 一方、福島県内でも立ち入り制限区域外では不動産取引が活発な地域もある。南相馬市の不動産業者「クリーク」の小川優彦社長は「賃貸物件は枯渇状態。土地の取引に関する問い合わせも増えた」と明かす。避難生活の長期化で高齢者らを中心に、少しでも実家の近くに戻りたいとする心理が働いたことが要因という。

 液状化被害が出た千葉県浦安市の不動産会社「明和地所」によると、中古マンションの取引量は5月ごろには前年の9割まで回復。価格もほぼ震災前に戻った。同社新浦安本店情報部の南沢悦郎さんは「数字が独り歩きし、取引に悪影響を与えないか…」と話した。

全国路線価比較推移表   路線価変動率
ーー産経新聞(23.11.2)







福島の仮設世帯、7割「仕事していない」

 震災と東京電力福島第一原発事故で、福島県内の仮設住宅で暮らす世帯のうち、家計を支える立場にありながら仕事に就いていない人が7割近くに上ることが20日、県の調査で明らかになった。

震災前に仕事に就いていた人は7割。原発事故で職場を失うなどした人は多く、今後の収入確保に不安を募らせている。

 調査は9月10日〜18日、県内の仮設住宅に入居する約1万世帯のうち、主たる生計維持者を対象に調査員が聞き取りを行った。6468人が回答した。

 集計によると、震災前に働いていた人は全体の71・6%だったのに、震災後の現在は33・1%にとどまった。県によると、震災による解雇のほか、立ち入り制限区域内の事業所が休業したり、農林漁業従事者が仕事を失ったりするケースが多いという。地域別では、原発事故に伴い、警戒区域や一部が計画的避難区域となった町村などで、働いていないと回答した人の割合が高い傾向にあった。

 全体の2割が失業保険を受給。現在の主な収入源は「年金」41・8%、「預金の取り崩し」11・5%、「失業保険」7・2%などだった。就労については、65歳未満のうち62・9%が就職を希望し、57%が正規雇用を望んだ。就職を希望しない人では、6割が高齢を理由に挙げたほか、今後の見通しが不透明なため活動しづらいとする声も1割ほどあった。
−−読売新聞(23.10.21)





震災で転校・転園2万5751人 文科省集計


東北被災地から転校増加

◇東日本大震災で転校した児童生徒数

       岩手県  宮城県  福島県    3県合計

5月1日現在  969 3980 1万5471 2万 420

うち県外    237 1494   9998 1万1729

9月1日現在 1126 4598 1万8368 2万4092

うち県外    313 1702 1万1918 1万3933

 (文部科学省まとめ、単位・人)


東日本大震災で被災して転園・転校した幼稚園児や児童生徒が、9月1日時点で2万5751人に上ることが文部科学省の集計で分かった。5月1日時点から18%増えた。同省の担当者は「仮設住宅の建設が進み、夏休み中に転校に踏み切ったケースが多いのではないか」としている。

 県外へ移った子どもは、福島県からが1万1918人で、津波被害が大きかった宮城県の1702人、岩手県の313人と比べても突出している。東京電力福島第一原発事故で、放射線への不安を感じて転校した例が多いとみられる。

 3県合計では1万3933人で、福島県からが86%を占めた。5月と比べて福島は1920人、宮城は208人、岩手は76人増えた。
−−朝日新聞(23.10.14)




生活再建めど立たず62%…被災地首長が回答

東日本大震災から半年を前に、読売新聞が岩手、宮城、福島県の津波被災地や東京電力福島第一原発周辺の42自治体首長にアンケートしたところ、住民の生活再建について26人(62%)が「めどが立っていない」と答えた。

 震災から2か月を前に行った前回調査(42首長のうち41人が回答)では「めどが立っていない」は66%で、状況はほとんど改善していないようだ。

 原発周辺町村の5人が「全く立っていない」とし、21人が「ほとんど立っていない」とした。「住宅を失った人の中には高齢者や失職者も多い。所得があまり見込めないのに仮設暮らしが続く可能性がある」(阿部秀保・宮城県東松島市長)などの声があった。

 復興の進捗(しんちょく)度については「順調」が3人、「ある程度進んでいる」25人、「相当遅れている」10人、「全く進んでいない」4人。この4人は福島県双葉町、大熊町、富岡町、飯舘村で、原発事故による警戒区域か計画的避難区域の自治体だ。

被災者の生活課題
別の調査(朝日新聞)による被災者の生活課題

ーー読売新聞(23.9.8)







東日本大震災の震源地海底の様子をしんかい6500が探る


海洋研究開発機構が震源地付近の海底を撮影、亀裂の映像公開

しんかい6500が震源地の海底を探る
しんかい6500
「しんかい6500」は、水深6,500mまで潜ることができる潜水調査船で、現在運航中の有人潜水調査船のなかで、世界で一番深く潜ることができる。 1990年に完成し、就航。
震源地の海底に亀裂
震源地の海底に亀裂
幅30cmで長さが数十メートル
(海洋研究開発機構資料)




掲載情報と画像の資料源:

朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、産経新聞、NHK,グーグル、ヤフー、その他記事、画像の後に
資料先、日時掲載。


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