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東日本大震災による被災地各地の被災の最新情報と画像、放射線汚染災害、大震災の被災、地盤沈下、放射線汚染、四重苦に見舞われる、被災地の情報と生活問題など最新情報
放射線モニタリング・除染情報
除染進捗マップ(環境庁) 放射線モニタリング(文部科学省)


汚染水流出:「いつまで足引っ張る」憤る漁師、募る不信感(25.10.3)


東京電力福島第1原発の汚染水が貯蔵タンクから新たに漏れた問題。安倍晋三首相が「汚染水の影響は港湾内で完全にブロックされている」としていただけに、汚染水の港湾外流出という事態を受け、福島県の漁師や首長らは東電や国への不信感をさらに募らせ、憤りの声を上げた。


再開した操業

 10日に福島県沖で原発事故後初めての試験操業を予定している、いわき市漁協の矢吹正一組合長(76)は、度重なる汚染水漏れに「東電はいつまで漁業者の足を引っ張るんだ」とあきれ、首相の「汚染水ブロック」発言について「汚染水が海水に希釈された後の放射性物質の検査値を見て言っているだけで、漁業者たちは『人をバカにしている』と怒っている」と語気を強めた。

 先月末に試験操業を再開した相馬双葉漁協の佐藤弘行組合長(57)も「モニタリング調査で操業海域の安全性を確かめたうえでやっている。『コントロールされている』といういいかげんな発言を信じて試験操業しているわけではない」とクギを刺した。

 請戸(うけど)漁港(浪江町)の復興を目指す馬場有(たもつ)町長は「場当たり的な対応ばかりで、本当に真剣になって汚染水問題を考えているのか。漁業者にとっては一つ一つが死活問題で、風評被害につながる」と指摘。大熊町の渡辺利綱町長は「復興計画を作る上で大事な時期なのに、『またか』という感じでコメントする元気もなくなる。再三、落胆させられることで、帰還の意欲がそがれてしまう。段々前に進んでいるというより、むしろ後退している印象だ」と声を落とした。

自粛する漁船、相馬市

 佐藤雄平知事は緊急の部長会議で「東京電力には何度もリスク管理の徹底を要請してきた。ずさんであるとしか言いようがない」と批判した。

 県は3日、原発南放水口付近で海水のサンプリング調査を開始。ベータ線を出すストロンチウムやトリチウムなどの濃度を分析する。また、県庁に東電福島復興本社の石崎芳行代表らを呼び、降雨時の対応に当たる体制の強化や、排水溝の排水先を外洋から港湾内に変更することなどを申し入れた。
---毎日新聞(25.10.3)





被災地の描写(25.9.21)



試験的操業が再開した、が又汚染水問題が発生し、不信感は募る 福島沖



マスクをして散歩する。


夜になると無人の町となる、浪江町; 避難区域の為、ここで宿泊できず仮設住宅に戻る。


空虚な街並になった双葉町、看板がむなしい。


いわきの仮設住宅生活は続く







被災地で見る中秋の名月(25.9.19)




軌跡の一本松;東日本大震災で津波被害を受け、枯死後に復元された岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」の上に「中秋の名月」が輝いた。


南三陸 前防災対策庁舎;撤去する方針が固まった宮城県南三陸町の旧防災対策庁舎。屋上部分の上空に顔を出した中秋の名月=19日午後、宮城県南三陸町
---産経新聞(25.9.19)


南三陸の防災庁舎撤去へ 町が保存断念

 東日本大震災の津波で町職員ら42人が犠牲になり、現在は骨組みだけが残る宮城県南三陸町の防災対策庁舎について、町が撤去する方針を固めたことが19日、町関係者への取材で分かった。佐藤仁町長が来週中にも正式に表明する。3階建ての同庁舎を見に訪れる人も多く、町は巨大津波の猛威を後世に伝える震災遺構として保存することも検討した。しかし、経費がかかることや、解体を求める遺族らが多いことから断念したとみられる。防災対策庁舎をめぐって町の方針はこれまで二転三転した。佐藤町長は当初「亡くなった人たちに手を合わせる場所として残したい」と保存する意向を示したが、遺族らが強く反発して2011年秋に撤回。その後、遺族や住民から①保存②解体の延期③解体と、3つの異なる陳情が出され、町は昨年夏に「再検討したい」と表明していた。 
---産経新聞(25.9.19)






列島駆けるがれき列車 (25.9.12)




稲穂が実る田園を行く、がれき輸送専用列車。陸前高田からのコンテナ50個を満載した11両編成が、東北の穀倉地帯に軽快な走行音を響かせ快走する =宮城県石巻市の前谷地駅付近

東日本大震災から2年半。岩手、宮城、福島の3県沿岸の被災地を覆いつくした1600万トン(環境省調べ)の「震災がれき」の処理が、今も懸命に進められている。作業は全国の自治体で行われており、輸送を担う鉄道が大きな力となっている。

 震災がれきは被災自治体だけで処分できる量ではなく、全国で処分する「広域処理」が不可欠。しかし、受け入れる自治体で住民の反発が起きるなど、がれき処理は当初、停滞を余儀なくされた。

 それでも、東北以外でいち早く受け入れを表明した東京都をはじめ、これまで17都府県で約45万トンが処理されている。

 JR貨物によると、宮城県石巻市や岩手県大槌町など10市町村から約14万6千トン(7月末現在)のがれきが鉄道貨物で運び出された。


被災地から500キロ以上を走り終え深夜、終着の東京貨物ターミナル駅へ滑り込むがれき輸送専用列車。コンテナは都内の施設へ運ばれ、中身の焼却や埋め立てなどが行われる =東京都品川区---産経新聞(25.9.12)





東日本大震災から2年半 犠牲者の冥福祈る遺族ら(25.9.11)

東日本大震災の発生から2年半がたった11日、被災地では遺族や住民が犠牲者の冥福を祈る姿が見られた。「復興が遅々として進まない」。現状へのいら立ちを漏らす声も。岩手、宮城、福島3県の沿岸部では各県警が行方不明者を捜索した。

 「当時は津波への怒りでいっぱいだったが、今は静かで深い悲しみに変わった」。仙台市の60代女性は、若林区荒浜の慰霊碑を訪れ、手を合わせた。津波で30代の息子を失った。「亡くなった人への思いが風化しているのが悔しい」と訴える。

東日本大震災から2年半。津波で流された自宅跡地で、亡くなった家族の冥福を祈る女性。毎月11日には電車とバスを乗り継いで訪れているという。奥は解体作業が始まった大型漁船 =11日午前9時59分、宮城県気仙沼市

東日本大震災から2年半の朝を迎え、海岸の慰霊塔で祈る大学敏彦さん。津波で両親や妻、兄、甥を亡くした。「話し相手がいなくて寂しい。五輪で世の中浮かれているが、復興が取り残されないか心配」と話していた =11日午前5時27分、仙台市若林区荒浜



東日本大震災から2年半を迎え、朝日に照らされる慰霊碑 =11日午前5時22分、仙台市若林区荒浜


東日本大震災から2年半を迎え、親族の墓前で手を合わせる女性。「少しずつでも着実に復興が進むといいですね」と話した =11日午前、岩手県陸前高田市


福島県浪江町請戸地区の港で行方不明者を捜索する福島県警の警察官 =11日午前

 警察庁によると10日現在、3県の死者は1万5816人、行方不明者は2650人に上る。岩手県釜石市では、県警の約80人が海岸線を捜索。捜索前には全員で海に向かって黙とうし、熊谷芳文釜石署長が「家族の思いを胸に綿密に捜索を」と訓示した。

 宮城県気仙沼市での捜索は気仙沼署員約20人が参加。鹿折川の河口付近を、ゴムボートを使うなどして調べた。同署によると市内では238人の行方が分かっていない。

 気仙沼署の奥田祐次警備課長は「一日でも早く戻ってほしいと願う家族に応えたい。私たち警察官も、これからも節目に捜索することで、震災を忘れないという思いを新たにしたい」と話した。

 福島県浪江町の請戸地区でも県警や消防、浪江町職員ら約80人が、海岸線沿いを中心に行方不明者の手掛かりを捜した。
---産経新聞(25.9.11)






被災漁船の解体作業開始 船主「一定役割果たした」(25.9.10)



東日本大震災から2年半を前に、第18共徳丸の解体作業が始まった =9日午前、宮城県気仙沼市

東日本大震災の津波で宮城県気仙沼市の内陸に打ち上げられた大型漁船「第18共徳丸」の解体作業が9日、始まった。

津波の猛威を伝える姿を見ようと多くの人が連日訪れ、市は「震災遺構」として保存を目指した。だが、「つらい被災体験を思い出す」と撤去を求める声が市民に多く、船主の水産会社「儀助漁業」(福島県いわき市)が解体を決断した。

   

---産経新聞(25.9.10)






大川小校庭に慰霊碑 宮城、児童らの冥福祈る(25.8.25)



東日本大震災の津波で多くの児童・教職員が犠牲となった宮城県石巻市立大川小の旧校庭に慰霊碑が完成し、献花する遺族ら =25日午後


東日本大震災の津波で児童・教職員計84人が死亡、行方不明となった宮城県石巻市立大川小の旧校庭に、犠牲者の名前を刻んだ慰霊碑が完成し、25日に法要が営まれた。

慰霊碑は御影石で造られ、高さ2m、幅3.5m。遺族会の呼び掛けで寄付を募った。慰霊碑には、親子や夫婦の深い愛情を示す「恩愛」の文字のほか、校歌なども彫られている。

 法要では、遺族の代表が慰霊碑建立の支援に対して感謝の言葉を述べ、集まった遺族ら約250人が、献花台にガーベラや菊の花を手向けて犠牲者の冥福を祈った。6年生だった娘を亡くした鈴木典行さん(48)は「慰霊碑を見ると、子どもたち一人一人を思い出す。きちんとした形で手を合わせられるのはありがたい」と話した。
---産経新聞(25.8.25)







浄土ケ浜にジャズ響く 岩手、20年ぶり復活(25.8.25)





東日本大震災で被害に遭った岩手県宮古市の景勝地浄土ケ浜で25日、20年ぶりにジャズライブ「jazz in 浄土ケ浜」が開かれた。歌手の綾戸智恵さんも登場し、力強い歌声で復活を彩った。同ライブは1988年から93年まで毎年夏に開かれたが、赤字が重なり終了。震災からの復興に向け「宮古で素晴らしいイベントがあったことを伝えたい」と同市の飲食店経営尾形洋一さんら実行委員会が準備を進めてきた。来年以降の開催も検討している。千人以上が集まったこの日、鋭くとがった白い岩場と、茂る松の緑を前に特設ステージが組まれ、綾戸さんら8組が歌や演奏を披露。照り付ける日差しの下、拍手や歓声が起こっていた。以前にも同ライブに来たことがあるという、宮古市の建設業斎藤堅治さんは「今日は復活すると聞いて来た。懐かしく感じるし、復興への励みになると思う」と話した。
---産経新聞(25.8.25)







3度目のお盆を迎えた被災地の様子(25.8.14)



闇の中にともる迎え火   宮城・女川

 東日本大震災で被災した宮城県女川町鷲神浜で13日夜、地元の住民らが津波の犠牲者の魂を弔う「迎え火」をたいた。住宅や店舗が立ち並んでいた海岸沿いのこの場所は、今は更地に。真っ暗な闇の中に、小さな明かりがともった。 <写真は、更地となった市街地の跡で「迎え火」をたく地元の人たち=13日夜、宮城県女川町>




3度目のお盆

 盆の入りの13日、岩手県大槌町では家族連れなどが花束や線香を手に墓参りに訪れた。墓地には東日本大震災で崩れた墓石が積み上がっていた=13日午前、岩手県大槌町




犠牲者しのぶ5色の明かり   釜石

 東日本大震災の被災地は発生から3度目の盆を迎えた。岩手県釜石市の石応禅寺では13日、色とりどりのちょうちんを飾る「万灯供養」が行われ、人々は闇の中に浮かんだ幻想的な明かりに犠牲者をしのんだ。 万灯供養は死者の霊が迷わないようにと、行われている伝統行事。約570個のちょうちんが、津波の犠牲者らの名前を記した短冊とともにつるされた。


---産経新聞(25.8.14)






再び11日、2年5ケ月目の被災地の様子(25.8.11)



竹灯篭で鎮魂の思い、 〈竹灯籠の明かりで浮かび上がった「偲い」〉の文字釜石

竹灯籠200個で鎮魂願う 釜石の防災センター追悼式

 東日本大震災の津波で、指定避難所ではなかったのに多くの住民が避難し犠牲になった岩手県釜石市の鵜住居地区防災センターで10日、お盆を前に追悼式が開かれ、遺族らが約200個の竹灯籠に灯をともし、鎮魂を願った。式には約300人が参列。野田武則市長が「教訓を生かすことができず申し訳ない」と謝罪した。  




追悼の花火、気仙沼
被災地に色鮮やかな花火 追悼の思い込めて

 東日本大震災から2年5カ月の月命日となった11日、宮城県気仙沼市では花火大会が開かれ、大輪の花火が夜空と湾を彩った。この日は岩手、宮城、福島3県で、追悼と復興を祈って一斉に花火が打ち上げられた。


---産経新聞(25.8.11)







犠牲者悼む1万個の灯籠   被災地の石巻で川開き祭り(25.7.31)



東日本大震災で被災した宮城県石巻市で31日、石巻川開き祭りが行われ、震災犠牲者を悼む色とりどりの灯籠約1万個が旧北上川に流された。会場の近くで開かれた供養祭には、市内の寺の住職ら約40人が参列。集まった遺族らとともに黙とうをささげた。
---産経新聞(25.7.31)







福島12市町村 避難区域小中生8割減 原発事故で大量転校(25.7.31)

 福島第1原発事故に伴い避難区域に指定された福島県12市町村の小中学校で授業を再開したのは42校中32校で、小中学生は原発事故前の8388人から5分の1以下の1592人に減ったことが、12市町村への取材で分かった。


 学校再開状況と在籍生の推移は表の通り。小学校は27校中20校、中学校は15校中12校が再スタートした。再開時期は大熊町の2011年4月が最も早く、現時点では葛尾村のことし4月が最も遅い。
 再開校のうち、広野町と川内村の計4校は避難指示が解けて元の校舎に戻り、他校は避難区域外の市町などに移って仮校舎を構えた。小規模校などは合同授業を余儀なくされている。
 小中学校の在籍生はことし5月時点でそれぞれ976人、616人で、原発事故前(10年5月)の5395人、2943人から80%前後ずつ減った。原発事故の避難で子どもが大量に転校したことを裏付けている。
 最も高い減少率は浪江町で小学生は98.5%減、中学生は93.0%減。町内9小中学校の中で再開校は二本松市に移った2校にすぎない。
 町教委は「町民の避難先が広域にわたり、二本松市周辺にあまり子どもがいなかった。転校先になじみ、戻るのをやめた子がいたことも原因でないか」とみる。
 田村市と川俣町は減少率が低い。避難区域が一部にとどまり、「学校を町内の別の所に移すだけで済み、転校を最小限に抑えられた」(川俣町教委)という。
 学校の変則的な授業再開に伴い、教員も流動化した。双葉町は3小中学校が全て休校で、各校長を除く教職員計31人は籍を元の学校に置いたまま、町の避難児童、生徒の多い福島市やいわき市、埼玉県加須市の計24校に移っている。
 県教委は「町の学校がいつ再開しても元の勤務先に戻れる雇用形態にした」と話している。


ーーー河北新聞(25.7.31)










震災から2年4カ月(25.7.11)




東日本大震災から2年4カ月となった11日、震災の犠牲となった妹の自宅跡地で手を合わせる小山あや子さん。「早く元通りの、昔みたいな鹿折に戻ってほしい」と話した。今でも更地には雑草が生い茂ったままだ=宮城県気仙沼市鹿折地区
---産経新聞(25.7.12)








避難指示区域の再編完了へ 福島・川俣町が受け入れ決定(25.7.8)

東京電力福島第一原発事故に伴う避難指示区域を放射線量に応じて見直す区域再編が唯一済んでいない福島県川俣町の古川道郎町長は7日、政府の再編案の受け入れを決めた。政府は今月末にも正式決定し、再編を完了。避難者の帰還を促す取り組みを進める。

「金目当てと思われるより…」

 政府案では、計画的避難区域となっている川俣町南東部の山木屋地区の大半を、早期に住民の帰還をめざす避難指示解除準備区域、一部を数年で帰還をめざす居住制限区域にする。

 古川町長は先月末から7日まで同地区全域の住民を対象に説明会を開き、再編に住民の大半の同意が得られたと判断。今月後半に町議会に報告する。その後、政府が再編を決める。

 再編されれば同地区で公共施設などの整備が本格化する。古川町長は避難指示解除準備区域について、2015年度末を避難指示解除の当面の目標とする。

 避難指示区域では、同県田村市都路(みやこじ)地区で国の直轄除染がひとまず終わり、避難指示解除に向けた準備が進む。一方で、再編後も除染が進まず、住民の帰還のめどが立っていない地域が多い。

     ◇

 〈避難指示区域の再編〉 国は11年4月、福島県の11市町村で、警戒区域(原発から20キロ圏)、その外側で年間放射線量が20ミリシーベルトを超える計画的避難区域などの避難指示区域を設定。11年末、放射線量に応じて(1)12年3月から数えて5年以上戻れない帰還困難区域(2)数年で帰還をめざす居住制限区域(3)早期帰還をめざす避難指示解除準備区域への再編を決めた。住民の同意を得るのが遅れた川俣町を除く10市町村は5月末までに再編した。
---朝日新聞(25.7.8)








「防護服なしで墓参りを」  石原環境相が除染視察(25.7.3)





石原伸晃環境相は3日、福島県大熊町で共同墓地の除染現場を視察し「確実に放射線量は下がっており、お盆には防護服なしでお墓参りできると思う」と述べた。 東京電力福島第1原発に近い自治体では、現在も放射線量が高く、立ち入りを禁じられている墓地が多数ある。大熊町では住民の強い要望で8月のお盆に一時立ち入りが認められ、環境省と復興庁が6月から除染を実施している。 <写真は、除染作業の視察のため、福島県大熊町の墓地を訪れた石原環境相(右から2人目)---産経新聞(25.7.3)








シイタケ農家で除染 宮城、来月にも実験開始(25.6.22)



<シイタケ栽培用の原木が並ぶ「ほだ場」=14日、宮城県登米市>

東京電力福島第1原発事故の影響により東北、関東地方の6県93自治体で出荷停止が続く原木栽培のシイタケについて、宮城県が7月にも大崎市や登米市の農家で除染実験を始めることが22日、同県への取材で分かった。キノコ類は葉物野菜などと比べ、放射性セシウムを吸収しやすく、事故から2年以上を経ても広範な地域で出荷停止が続いている。県は実験により除染法を確立、早期の出荷再開を目指す方針。原木シイタケは、菌を植えた「ほだ木」を並べた「ほだ場」で栽培する。農家の裏山などが使われることが多い。除染実験は、ほだ場で実施。①セシウムが付着する可能性のある付近の落ち葉を取り除いたり、木の枝を落とす②客土として砂利を敷く③セシウムを吸着するゼオライトを散布―などの方法を試みる。 
---産経新聞(25.6.22)








双葉町役場:福島県へ帰還 県外町民なお3136人(25.6.13)

東京電力福島第1原発事故に伴う避難自治体で唯一、県境を越え埼玉県加須(かぞ)市に避難中の福島県双葉町役場が14日、主要業務を終え、福島県に帰る。17日からは同県いわき市で業務を再開。役場機能が県外にある異常事態が2年3カ月ぶりに解消される。ただ、高い放射線量に古里を奪われた町民6914人(5日現在)の帰郷には直結せず、避難先での定住も進む。町民をどうつなぎとめるか。重い課題を抱えた帰還となる。


双葉町からの避難者数

 原発事故に伴う政府の避難指示で町は2011年3月、福島県川俣町から、さいたま市の「さいたまスーパーアリーナ」へ、さらに加須市の旧埼玉県立騎西高校へと、役場ごと全町避難を繰り返した。新しい役場はいわき市の旧福島地方法務局勿来(なこそ)出張所。14日朝から引っ越し作業にかかり、ほとんどの部署が移る。17日からは、いわき、福島県郡山、加須の3市で業務を行う。伊沢史朗町長は帰還の意義を「福島県内に戻ることで県や関係町村との協議がしやすくなり、迅速に対応できる」と話している。

 だが、原発事故で双葉町は全町民が町外に避難。5日現在、福島県内ではいわき市の1522人をはじめ計38市町村に計3778人、県外も埼玉県に1039人、茨城県に384人など計39都道府県に計3136人が分散している。

 新しい役場が来るいわき市で、双葉町民が暮らす「南台応急仮設住宅」は、住民が徐々に民間借り上げ住宅などに移り、11年の470人から現在は400人に減った。

 「お世話になりました」と、手土産を置いて出て行く人。何も言わずに静かに去る人。仮設を後にする避難者の姿を複雑な心境で見送ってきた自治会長の斎藤宗一さん(63)は「いつまで続くか分からない避難生活で、町民の気持ちが少しずつ離れていく。寂しいなあ」と長いため息をついた。町には「バラバラになった町民の気持ちを一つにまとめてほしい」と望む。

 一方、役場とともに旧騎西高校の避難所に入り、加須市のアパートに一家4人で移った西内芳徳さん(44)は「役場が福島に行っても生活は困らない」と、同市に残ることを決めた。

 長女(16)は避難後、親友たちと別れて1年間は落ち込んでいた。昨年4月、自宅近くの埼玉県立高校に進学。部活動や文化祭などに打ち込んでやっと学校生活が楽しめるようになった。
---毎日新聞(25.6.13)









被災各地で集中捜索  震災から2年3カ月(25.6.11)



東日本大震災から2年3カ月となる11日、津波で大きな被害が出た岩手、宮城、福島各県で、警察や海上保安庁などが「一人でも多く家族の元に返したい」と願って行方不明者の捜索を行った。

 宮城県気仙沼市の杉ノ下漁港とその周辺の海岸では、気仙沼署員13人と気仙沼海上保安署員9人が参加した。海岸線沿いの砂浜を熊手で掘り返し、巡視艇「ささかぜ」と小型船の計2隻に分乗して海上からも不明者の手掛かりを捜した。

 福島県でも浪江町請戸地区などの海岸線で、県警や消防などが捜索を実施した。群馬県警から福島県警に出向している沖ノ井隆巡査部長(34)は「写真一枚でも被災者にとっては大切なもの。一つでも手掛かりになるものが見つかれば」とスコップを握った。



宮城県気仙沼市で行方不明者の捜索をする気仙沼署員と気仙沼海上保安署員ら=11日午前




復元作業をほぼ終えた「奇跡の一本松」を訪れ、手を合わせる女性=11日午前、岩手県陸前高田市

---産経新聞(25.6.11)








困難区域で田植え 飯舘村で試験栽培 農業再開への期待込め(25.6.10)




長泥地区で、将来の農業再開への期待を込めて行われた試験的な田植え。手前は黒いシートが掛けられた除染で生じた廃棄物=10日午前、福島県飯舘村    東京電力福島第1原発事故で住民が避難している福島県飯舘村のうち、特に放射線量が高い「帰還困難区域」の長泥地区で10日、将来の農業再開への期待を込めて、除染後の水田で試験的な田植えが行われた。村が県の営農再開支援事業を活用し、水田5アールで実施。9月ごろに収穫してコメに放射性セシウムがどれくらい含まれているかを調べる。食用にはせず、全て廃棄する。この日、長泥地区の水田には地元の農家らが集まり、丁寧に苗を植えていった。今後も避難先から通いながら稲を育てていく。
---産経新聞(25.6.10)







震災不明者を捜索 2年2カ月、沿岸部で(25.5.12)



東日本大震災の行方不明者の捜索を前に、黙とうする宮城県警気仙沼署の警察官=11日午前、宮城県気仙沼市唐桑町の只越漁港    

東日本大震災から2年2カ月となる11日、津波で大きな被害が出た沿岸部で行方不明者の捜索が行われた。住民25人の行方が分かっていない宮城県気仙沼市唐桑町では、気仙沼署が捜索を実施。小雨が降る中、署員がスコップや警杖と呼ばれる棒を使って、只越漁港の崩落した堤防や打ち上げられた防波堤の裏などを中心に捜索した。指揮した同署の奥田祐次警備課長は「2年以上が経過して難しくなりつつあるが、心を込めて一つでも多くの手掛かりを見つけ、不明者のご家族の思いに寄り添っていきたい」と話した。
---産経新聞(25.5.12)







原発事故後の避難の様子、携帯GPS情報から再現(25.5.11)

東京電力福島第一原発事故直後の周辺住民の避難の様子を、東京大学の早野龍五教授(物理学)が、全地球測位システム(GPS)付き携帯電話の位置情報で推計した。10日付の日本学士院の英文誌(電子版)に発表する。今後、住民の放射線被曝(ひばく)の実態解明に役立てる。

 早野さんは、地図情報会社ゼンリンデータコムが利用者の許可を得て取得した携帯電話の位置情報を、個人が特定できない形で蓄積していることに着目。事故当時、福島県内にいた利用者(県民の約0・7%に相当)のデータから住民避難の動きを1時間ごとに推計した。

 事故発生直後から、原発周辺から人が減り始め、政府の避難指示の対象地域が拡大するごとに減少。事故前、原発20キロ圏内には約7万6千人いたが、事故発生4日後には約2千人に減っていた。国会事故調査委員会の調査とほぼ一致した。
---朝日新聞(25.5.11)







双葉町、最後の警戒区域再編へ 福島、96%は帰還困難(25.5.7)

東京電力福島第1原発事故による警戒区域が最後まで残っている福島県双葉町について、政府は7日、「帰還困難区域」と「避難指示解除準備区域」の二つの区域への再編を正式決定した。実施は28日午前0時。


双葉町と浪江町の境界付近で、警戒区域に出入りする車両を検問する警察官=福島県浪江町

 双葉町の警戒区域は町の全域。一時帰宅などを除き立ち入り禁止で、全住民が避難している。町によると、再編されても帰還困難区域内の人口は全体の96%を占める。

 原発事故後、県内の9市町村に設定された警戒区域はその後、見直しが進み、双葉町が最後まで残っていた。

 政府は再編区域について、放射線量が比較的低い場所から除染やインフラ整備を進める方針。
---共同通信(2013.5.7)


最後の警戒区域28日再編   福島・双葉町

東京電力福島第1原発事故による警戒区域が最後まで残っている福島県双葉町について、政府は7日、「帰還困難区域」と「避難指示解除準備区域」の2つの区域への再編を正式決定した。実施は28日午前0時。 双葉町の警戒区域は町の全域。一時帰宅などを除き立ち入り禁止で、全住民が避難している。 原発事故後の平成23年4月、県内の9市町村に設定された警戒区域は見直しが進み、双葉町が最後まで残っていた。 
---産経新聞(25.5.8)



双葉町の避難区域再編 町人口の96%帰還困難







震災がれきの処理率58%=岩手、宮城両県は13年度末完了-環境省(5.7)

環境省は7日、東日本大震災で発生した岩手、宮城、福島3県のがれき1582万トンのうち、3月末時点で924万トンを処理したと発表した。処理率は前月末より7ポイント上昇し58%。岩手、宮城両県では目標の2014年3月末までに作業が完了する見通しだが、福島県は東京電力福島第1原発事故の影響で遅れており、同省は今夏をめどに新たな処理計画を公表する。
---時事ドットコム(2013/05/07)

      
ガレキの仕分けの様子      2012年10月現在 環境庁






警戒区域すべて解除へ、28日にも双葉町を再編(25.5.3)

 東京電力福島第一原発事故で全域が警戒区域となっている福島県双葉町について、政府の原子力災害対策本部は今月28日にも、帰還困難区域など2区域に再編する方針を固めた。

地元関係者に伝えたうえで、7日に正式決定する。

 原発周辺の同県9市町村で設定された警戒区域が全て解除されることになる。

 政府は今年2月、空間放射線量に応じて、双葉町の沿岸部3地区を除染後に帰還可能な「避難指示解除準備区域」に、住民の約96%が住んでいた残りの地区を5年間は戻れない「帰還困難区域」にする再編案を提示。町は4月23日、「町民の理解がおおむね得られた」として受け入れを決めた。

 再編後は、帰還困難区域への立ち入りを規制するバリケードが設置される一方、避難指示解除準備区域では除染や社会基盤の復旧工事が始まるとみられる。ただ、人口の少ない同区域だけで住民の帰還が始まると、孤立化を招く懸念もある。このため町は、全町一斉で避難指示を解除することなどを求めており、帰還開始の見通しはまだ立っていない。

---読売新聞(2013年5月3日)



双葉町の区域再編案



事故後の避難区域


避難区域の見直し後






被災地の桜・原発避難「無人の町」で桜満開 福島・富岡町(25.5.6)



誰も観ない桜並木、富岡町 福島県

東京電力福島第1原発事故で全住民が避難している福島県富岡町で6日、「桜のトンネル」で知られる夜の森地区の桜が見ごろを迎えた。

 町は3月から、放射線量が高い「帰還困難区域」以外は日中の立ち入りが可能に。訪れた住民は車の中から眺めたり、写真を撮ったりしていた。

 だが桜並木は、帰還困難区域に入れないよう「通行止め」と書かれた柵で分断されている。自宅が同区域にある佐藤めぐみさん(48)は「きれいだけど、ちょっと悲しい。早くバリケードがなくなって、前みたいにいっぱい人が来てくれたら」と話した。



桜が見ごろを迎えた夜の森地区の「桜のトンネル」。柵の奥は「帰還困難区域」のため立ち入ることができない=6日、福島県富岡町
---産経新聞(25.5.6)







グーグルマップの撮影した避難区域の様子(25.4.4)



グーグルマップのカメラ搭載車が浪江の町を走る(25.4.4)



浪江町



浪江町





浪江町 地図と共


浪江町


崩れた墓地



空の室内、パソコンはそのまま


卒業式の用意のままの講堂







福島・浪江町の避難区域を再編 町独自に警備員も(25.4.1)

東京電力福島第1原発事故で福島県浪江町に設定された警戒区域と計画的避難区域が1日午前0時、空間放射線量に応じ3区域に再編された。住民帰還の前提となる避難区域再編が始まって1年で、対象11市町村のうち9市町村が完了。だが、汚染土の中間貯蔵施設設置のめどが立っていないため、国の除染工事は計画より遅れ、帰郷の日は定かでない。

◇住民の8割 立ち入り可能に

 政府の原子力災害対策本部と浪江町によると、(1)町西部の山間部などが原則立ち入り不可の帰還困難区域(年間累積放射線量50ミリシーベルト超、帰還見込み17年)(2)中央の平野部が居住制限区域(20ミリシーベルト超〜50ミリシーベルト以下、16年)(3)東側海沿いが避難指示解除準備区域(20ミリシーベルト以下、同)−−に再編された。

 立ち入りが可能になる(2)と(3)の住民が約8割(約1万6000人)を占める。1日には避難先の二本松市から、(3)にある町役場に役場機能を一部戻す。

 避難区域再編は、線量の低いエリアから先行して立ち入り制限を緩和し▽国の除染工事▽インフラ復旧▽住民による自宅の片づけ−−などを進めて「住める町」に戻す狙いだ。昨年4月1日の田村市と川内村を皮切りに▽南相馬市(昨年4月)▽飯舘村(7月)▽楢葉町(8月)▽大熊町(12月)▽葛尾村(今年3月)▽富岡町(同)−−と、国との協議が整った自治体から順に進んできた。

 ただ、区域再編は、避難先で生活基盤を築き始めた住民が離郷を決断する「きっかけ」となる恐れもはらむ。再編されると、東電から住民へ自宅・土地などの財物賠償の支払いが始まるためだ。浪江町幹部は「除染が計画通りに進まず、効果も上がらなければ、賠償金を元手に避難先で住宅を購入する避難者は増えるだろう」と漏らす。

◇残る双葉、川俣の2町 再編に反発も

 残る双葉、川俣の2町も4月中の再編を目指すが、住民の意見調整が難航し具体的な日程は未定だ。国の当初目標だった昨春の一括再編から、1年以上遅れることになる。

---毎日新聞(25.4.1)


避難区域が再編され、福島県浪江町につながる国道6号で、検問所の撤去作業をする同町の馬場有町長(左から3人目)ら、同県南相馬市

浪江町、3区域に再編=沿岸部立ち入り可能に-福島

東京電力福島第1原発事故で、福島県浪江町の全域に設定された警戒区域と計画的避難区域が1日午前0時、放射線量に応じて3区域に再編された。住宅が密集する沿岸部が立ち入り可能になり、町役場には同日から職員数人が常駐する。
 再編で、全町民約2万人の8割が住んでいた沿岸部は避難指示解除準備区域(年間被ばく量20ミリシーベルト以下)と居住制限区域(同20ミリシーベルト超~50ミリシーベルト以下)に設定。宿泊はできないが、住民は自由に出入りできるようになる。
 一方、町の山側は帰還困難区域(同50ミリシーベルト超)に。町面積の約8割を占めており、境界109地点を柵などでふさぎ、出入りを制限した。
 国は帰還困難区域の避難指示解除を2017年、他の区域は16年と見込んでいる。
 第1原発周辺で避難区域が設定された11市町村のうち、再編は9番目。災害対策基本法などで立ち入りが禁止された警戒区域は、原発北側の双葉町だけになった。
時事ドットコム(2013/04/01)



浪江町再編







「避難生活の疲労」が7割=福島の震災関連死調査-復興庁(25.3.29)

復興庁は29日、東日本大震災後に体調の悪化などで亡くなった「震災関連死」について、震災発生から1年以降に福島県内で亡くなった35人の調査結果をまとめた。約7割が長期間の避難生活による疲労が原因で、「発生直後の移動や避難生活によるストレスや運動不足で徐々に衰弱した事例がほとんどだった」としている。
 調査は市町村からの提供資料を基に行った。死亡診断書などで死因を分類(複数選択)したところ、「避難生活での疲労」が71%、「避難所などへの移動中の疲労」が37%、「既往症の悪化」が17%となった。原発事故に伴う平均移動回数は7回で、16回も移動を強いられた例があったという。
---時事ドットコム(2013/03/29)


震災関連死の5割弱は避難所生活のストレスなどが原因
--朝日新聞



震災関連死の原因(岩手日報)



福島県 震災関連死の遠因は避難所への移動が目立つ








福島・富岡町の警戒区域解除=3区域に再編、なお4年避難(25.3.25

東京電力福島第1原発の南に位置する福島県富岡町に設定された警戒区域が25日午前0時に解除され、被ばく量に応じ3区域に再編された。町はインフラ復旧に時間がかかるとして、少なくとも今後も4年間は全町避難を続ける方針。
 原発南側の警戒区域はこれで全て解除され、県警による立ち入り規制はなくなるが、国道などの検問は国が引き継ぐ。町は新たに設定された帰還困難区域(年間被ばく量50ミリシーベルト超)の出入りを住民らに限定したい考えで、境界の道路128カ所をバリケードで封鎖した。
 再編により、約4500人が住んでいた町北東部は帰還困難区域に指定。約1万人の人口がいた町の中心部は居住制限区域(同20ミリシーベルト超~50ミリシーベルト)に、約1500人が暮らしていた町南部などが避難指示解除準備区域(同20ミリシーベルト以下)になった。
 政府は避難指示の解除時期を帰還困難区域は2017年、居住制限・解除準備両区域は16年としているが、町は全域で生活環境が整うのは早くて17年になるとみている。
---時事ドットコム(2013/03/25)





富岡町の再編




葛尾村の再編




飯館村の再編





非難区域再編の現状




4月1日以降再編予定






「時が止まったよう」首相、浪江・富岡町を視察(25.3.24

安倍首相は24日、東京電力福島第一原子力発電所事故の影響で住民の立ち入りが制限されている福島県浪江町と富岡町を視察した。

 大量に残されたがれきを前に「時が止まったようだ」と述べ、復興加速への決意を新たにしていた。

 首相就任後の福島訪問は2回目。避難指示区域の再編で富岡町は25日、浪江町は4月1日から立ち入り制限が緩和される。

 首相は同県郡山市の農園も訪れ、カブ収穫を体験。カブを高々と持ち上げ、「はい、カブ(株)が上がりますよ」と笑みを見せた。小渕恵三元首相が1998年に株価上昇を願い披露したパフォーマンスにならったとみられる。首相はこの後、記者団に「復興のスピードアップを図る」と強調。「風評被害で商品が売れない中、(同農園が)従業員を解雇せずに頑張ったことに感動した。政治の仕事は風評を払拭していくことだ」と述べ、風評被害対策に全力を挙げる考えを示した。

---読売新聞(2013年3月24日)







双葉町職員:12日間「放射能まみれ」…警戒区域の捜索(25.3.13)

福島県双葉町の職員3人が警戒区域での行方不明者捜索に立ち会った際、不十分な装備のまま線量計も装着せず、被ばく線量の記録もない状態に置かれていた。11年4〜5月に12日間にわたり警戒区域で作業した男性職員(41)が詳細を語った。

 男性職員は東日本大震災から約1カ月後の4月19日、上司から「行方不明者の捜索が始まるので、とりあえず行ってくれ」と言われ、同21日に役場機能が避難していた埼玉県加須市を公用車で出発。遺体安置所だった福島県相馬市の工場跡地にかっぱ姿で立ち寄った際、居合わせた警官に「そんな格好じゃダメだ」と言われ、余っていたLLサイズの防護服を分けてもらい、翌日から警戒区域で捜索に立ち会った。

 初日の22日は午前9時ごろ警戒区域内にある浪江町高瀬地区の集合場所に到着。警察や消防の職員、重機を動かす建設業者ら約130人が集結していた。いずれも防護服と長靴、放射性物質防護用マスクとゴーグルに二重手袋などの完全防備。胸元の線量計は、上からガムテープで固定されていた。

 一方、男性職員は前日譲られたぶかぶかの防護服のほかはゴーグルもなく、長靴と風邪用のマスクに軍手1枚だけ。線量計も持たされていなかった。県警の指揮隊長からは「えっ、そんなんで来たの?」と驚かれたという。

 その日は東京電力福島第1原発から約2.5キロの双葉町中野地区で捜索があり、付近で公用車で待機。震災前は住宅や松林で原発は見えなかったが、津波で遮蔽(しゃへい)物が全て流され、排気筒がくっきり見えた。行方不明者は見つからず、昼にコンビニエンスストアで買ったおにぎりを車内で食べ、午後3時半ごろ警戒区域を出た。

 捜索で出てきた位牌(いはい)やアルバムなどの流失物は公用車の中に積んでいたが、5日ほどで満杯になり、双葉町役場の倉庫に移した。着用済みの防護服は捨て場所が見つからず、おにぎりを買った際のポリ袋に入れて車の助手席に置いていた。男性職員は「放射性物質の知識が何もなかった。今思えば放射能まみれですよ」と肩を落とす。

 11年7月になって住民の一時帰宅が始まり、添乗する職員の被ばく線量を総務課が管理することになった。その際、「そういえばあの3人は……」と一時、男性職員らの「線量計不携帯」が取り上げられそうになったが、追跡調査などが行われることはなかった。
---毎日新聞(25.3.13)






岩手・宮城「復興できる」4割に…被災者調査(25.3.11)

東日本大震災は11日、発生から2年になる。この日を前に、読売新聞が岩手、宮城、福島3県の被災者計500人にアンケート調査を行ったところ、岩手、宮城両県で「地域は復興できると思う」と答えた人が半年前の前回調査から7ポイント増えて40%となり、「思わない」(37%)を1年9か月ぶりに上回った。

 福島県では「思う」の21%に対し、「思わない」が56%で、復興のきざしが見え始めた岩手・宮城と、原発事故に苦しむ福島との違いが浮かんだ。福島では「暮らしていた地域に戻りたい」は3ポイント減の46%と過去最低だった。

 震災の避難者はまだ約31万5000人おり、長引く避難生活のストレスなどによる「震災関連死」は読売新聞の集計で少なくとも2601人に上ることもわかった。11日は、全国各地で追悼式典が執り行われる。

---読売新聞(2013年3月11日)







東日本大震災2年:なお31万5196人避難 帰還進まず(25.3.11)

「関連死」を含め2万人以上が犠牲となった東日本大震災は11日、発生から2年を迎えた。特に被害の大きかった岩手、宮城両県では住宅再建が徐々に進みつつあるものの、地域による「復興格差」も目立ってきた。一方、東京電力福島第1原発事故に見舞われた福島県は放射性物質を取り除く除染が遅れ、県内外に避難した住民の帰還は遅々として進んでいない。【樋岡徹也】

 10日は1773人が犠牲となった岩手県陸前高田市や、原発事故で住民1万960人が避難中の福島県大熊町が役場機能を移している同県会津若松市で、それぞれ追悼式を開催した。

 復興庁などによると、今も31万5196人が仮設住宅や借り上げ民間賃貸住宅(みなし仮設)に入居するなど、全国で避難生活を送っている。避難生活で体調を崩して亡くなった震災関連死も2303人に上る。

 高台や内陸への集団移転は、計画の9割を超える216地区(2万7611戸)が国の同意を得た。


東日本大震災から丸2年を前に開かれた陸前高田市の追悼式で、献花する少女=岩手県陸前高田市で2013年3月10日

 災害公営住宅(復興住宅)について、政府は15年度までに岩手県で計画の9割(5094戸)、宮城県で7割(1万1248戸)、福島県では2918戸を完成させるとの工程表を示したが、着工は現在3県で2640戸、完成も56戸にとどまる。
---毎日新聞(25.3.11)






家族失い、時が止まったまま 東日本大震災から2年(25.3.11)

10日朝、宮城県石巻市。北上川の河口近くに地元の消防団員ら約300人が集まり、熊手を使って手作業で土をかき分け始めた。

 児童と教職員計84人が死亡・行方不明となった大川小学校の下流域にあたる。大川地区ではこの2年、毎日のように不明者の捜索が続いている。

 「いるべき家族がいない。2年になるけれど、あの子の存在感が家族の中で大きくなっているんです」


強風の中で遺体や遺留品を捜索する消防署員=10日午前、宮城県石巻市、小宮路勝撮影

---朝日新聞(25.3.11)



東日本大震災の死者、行方不明者の数(復興庁)

---朝日新聞(25.3.11)






避難者いまだ31万人、不明者捜索続く 11日に追悼式(25.3.11)

東日本大震災は11日、発生から2年となり、日本列島は祈りの日を迎えた。死者約1万6千人に上った戦後最悪の自然災害だが、いまだに約2700人の行方が分からず、捜索活動が続く。がれきの処理が半分終わり明るい兆しは見えるものの、東京電力福島第1原発事故による影響も続き、31万人以上が避難生活を余儀なくされている。

 

不明者、490人減

 警察庁のまとめによると、震災で亡くなった人は8日現在、1万5881人、行方不明者は2668人。昨年3月から今年2月末までに、死者の身元が確認できたのは岩手、宮城、福島の3県で計348人になったほか、不明者は1年で約490人減少した。

 警察によるDNA型鑑定や似顔絵作成が、身元確認に効果を上げている。だが、死者のうち132人は身元確認もできていない。

 警察は月命日を中心に海岸などで捜索を続けているが、同庁は「捜索による発見は昨年4月以降なく、活動は困難を極めている」と無念さをにじます。

まだ31万人避難

 復興庁によると、2月現在、全国に避難している人は31万5196人。全国1216市区町村に散らばっている。前年3月(34万4290人)と比べて、2万9094人の減少にすぎない。

 復興住宅(災害公営住宅)の建設が進まないことや、原発事故の影響で福島では帰還が困難になっていることが要因とみられる。

 自県以外に避難している人の数は、福島が5万7135人と突出しており、宮城7981人、岩手1627人と続く。

 入居している仮設住宅は4万8027戸あり、民間住宅を借り上げた「みなし仮設」は4日現在、5万9943戸。国は仮設住宅の入居期限を特例で2年から4年へ延長する見込みだ。

 住まいを確保できない人に対する災害公営住宅は2万4千戸以上が必要だが、3月末時点で供給可能なのは250戸程度にとどまっている。

がれき46%処理

 環境省によると、震災で発生したがれきなどの災害廃棄物は、岩手、宮城、福島の3県で1628万トンと推計される。1月末時点で46%に当たる754万トンの処理を終えた。県別では、宮城51%(563万トン)、岩手39%(142万トン)、福島31%(49万トン)の進捗(しんちょく)率。

 被災地以外の自治体で処理を代行する広域処理は、岩手、宮城両県が要請する69万トンの大半で受け入れ先のめどがついた。環境省は「来年3月末までの処理完了目標は達成できる」と胸を張る。

 

大きな揺れ警戒

 気象庁によると、余震は震災から1年まではマグニチュード(M)4以上が5千回以上、震度1以上が8千回近くあったが、この1年間は各780回、1600回程度に減少した。

 だが昨年8月に宮城沖を震源に最大震度5強を観測したほか、12月7日には三陸沖の揺れで同5弱、宮城県石巻市で最大98センチの津波となるなど、大きな余震は続く。気象庁は「まれに大きな余震や津波が発生することがあり、引き続き警戒を」としている。

                  ◇

 政府は11日午後2時半から、東京都千代田区の国立劇場で天皇、皇后両陛下ご臨席の下、震災2周年追悼式を開く。同所での一般献花は午後4時半~6時まで。

---産経新聞(25.3.11)







戦後最悪の災害、犠牲者を追悼 東日本大震災2年(25.3.11

1万8千人を超える死者・行方不明者を出し、戦後最悪の災害となった東日本大震災は11日、発生から2年を迎えた。地震発生時刻の午後2時46分を中心に、被災地では追悼行事が開かれ、故人の冥福を祈る一日になる。

 一部で災害公営住宅の建設が始まり、道路などは復旧しつつあるが、被災者の生活再建は道半ばだ。今も約31万5千人が避難生活を送り、人口減に悩む自治体も多い。東京電力福島第1原発事故では福島県の多くの住民が古里に戻れるめどが立っていない。

 この日は岩手、宮城、福島県沿岸部で各県警や海上保安部の職員約1400人が行方不明者を集中捜索。
---共同通信(25.3.11)









原発事故で避難の福島県民、5.4万人あと4年は帰れず(25.3.10)

東京電力福島第一原発事故で設定された福島県の避難指示区域の再編に伴い、少なくとも事故から6年、今後4年は帰還できない住民が約5万4千人にのぼることが、各自治体などへの取材でわかった。事故後に避難指示の対象となった約8万4千人の6割超にあたる。帰還を見通せる区域の住民の中にも戻らない選択をする人が出てきている。東日本大震災から11日で2年となる。

 朝日新聞が各自治体からの聞き取りや復興庁の試算を基に集計した。約5万4千人のほとんどを、第一原発がある大熊、双葉両町と、浪江、富岡両町が占めている。

 集計では、避難指示区域の再編で今後4年以上戻れない「帰還困難区域」に該当する住民は7市町村(再編未実施も含む)の約2万6千人。大熊、双葉両町でこのうちの約1万7千人を占める見通しだ。
---朝日新聞(25.3.10)







高線量地域の除染着手へ=低減効果を検証-政府(25.3.7

政府は7日、東京電力福島第1原発事故を受けた福島県内の除染について、同原発周辺の放射線量が高い地域でのモデル実証事業に着手する方針を明らかにした。避難住民が少なくとも5年は戻れない帰還困難区域(年間線量50ミリシーベルト超)が対象。区域内での除染の効果を確かめ、地元の復興ビジョンづくりなどに役立てる。
 近く対象市町村と実施場所の選定などの協議を行い、5月ごろをめどに作業に入りたい考え。帰還困難区域は現在、飯舘村、南相馬市、浪江町、葛尾村、大熊町、富岡町の6市町村が指定されている。
 環境省によると、実証事業では汚染された建物の撤去による線量低減の効果を検証することも想定。同省は「高線量のところでどれぐらい下がるかはほとんど知見がない。(除染の)効果と限界を見極めたい」としている。
時事ドットコム(2013/03/07)







浪江町に戻って事業「しない」4割…商工会調査(25.3.3)

京電力福島第一原発事故で全町避難が続く福島県浪江町の商工会が行ったアンケートで、町外で事業を再開した会員のうち、町に戻って事業を行う考えがない会員が約4割に上ることがわかった。

町民が帰還して生活するには小売店などが不可欠だが、町内での事業再開をためらう実態が浮き彫りになった。

 アンケートは町商工会が昨年11月、会員620人を対象に実施し、270人から回答を得た(回収率44%)。町外で事業を再開した会員87人のうち、「将来的に浪江で事業を行いたい」が58%に達した一方、「浪江で事業を行う考えはない」が42%だった。

 再開していない事業者183人にその理由(複数回答)を尋ねたところ、「東電の賠償金の問題が未解決」の42%、「年齢の問題や後継者の見通しが難しい」の39%などが目立った。

---読売新聞(2013年3月3日)


浪江町 地図



一時帰宅のバスから見る浪江町


野放しになった豚の群れ・浪江町





「双葉帰還、30年後」 町長が「暫定」方針 初めて時期示す

福島第1原発事故で埼玉県加須市に役場ごと避難する双葉町の井戸川克隆町長は4日、町への帰還時期を「暫定的に30年後」とする方針を示した。仮役場で開かれた仕事始め式の訓示で明らかにした。町が具体的な帰還時期を示したのは初めて。

 「双葉町の道しるべ」と題した方針で、帰還時期を30年後としたのは、汚染の主原因である放射性セシウム137の半減期が約30年のため。放射性物質の除染の目標値を年間被ばく線量1ミリシーベルトにし、帰還までに「家族の営みや生活を成り立たせる仕事および居住」や「就学や医療などが保障される生活環境」などの生活保障に取り組むとしている。

 町が、国や県、東京電力と協力して福島第1原発事故の事実解明に努めることも明記した。さらに国の事故収束宣言(11年12月末)に基づき、「町民が原子炉からの新たな放射性物質漏えいに脅かされないことや第1原発内に残る放射性物質を撤去すること」を求める。
---毎日新聞(25.1.5)




役場機能を置く埼玉県加須市で、職員に仕事始めの訓示を行う双葉町の井戸川町長(左端)
---(福島民報)




双葉町の成人式で震災の犠牲者に黙とうする新成人=5日午後、郡山市(朝日新聞)

「いつか双葉に帰る」 新成人が郡山で誓い 福島

「いつか双葉に帰る」 新成人が郡山で誓い 福島 双葉町の成人式で震災の犠牲者に黙とうする新成人=5日午後、郡山市、矢木隆晴撮影 東京電力福島第一原発事故で役場が埼玉県に避難している双葉町の成人式が5日…
---朝日新聞(2013/01/06)


「双葉町帰還、30年後を目標」町長、時期に初めて言及(25.1.5)

東京電力福島第一原発事故で埼玉県加須市に役場ごと避難している福島県双葉町の井戸川克隆町長は4日、職員への年頭訓示で、「町と町民のふるさとへの帰還目標を暫定的に30年後とする」と述べた。町長が帰還時期の考え方に言及したのは初めて。

 井戸川町長は「30年後」とする理由を、放射性セシウム137の半減期が約30年であるためと説明。国と福島県、東電に徹底した除染を求め、30年間は町民の仕事や住まい、就学や医療など生活環境の整備に取り組むという。

 国の試算では、原発事故当時の双葉町民約7千人のうち75%は年間の被曝(ひばく)放射線量が50ミリシーベルト超の地域に自宅がある。避難区域の再編にあたり、この地域は5年以上帰れない「帰還困難区域」になる見通し。町長は「帰還の目標値は年間1ミリシーベルト」と語った。

 原発事故からまもなく1年10カ月が経つ。町の臨時職員の男性(75)は「30年じゃ自分は生きていない。困ったもんだ……」と話した。。
---朝日新聞(25.1.5)


双葉町の様子

標語がむなしい


標語を信じて生活していた双葉町



現在の仮設住宅、いわき市



地震の被害も生々しい



がれきの残る田園



海まで見える破壊された町



誰もいない体育館





福島の努力を称賛,原発「安定的状態」を歓迎-IAEA国際会議で声明・玄葉外相ら(12.16)

福島県郡山市で政府が国際原子力機関(IAEA)と共催で開いた原子力の安全強化について議論する国際会議で、議長を務める玄葉光一郎外相らは15日夜、福島県民らが東日本大震災や東京電力福島第1原発事故からの復興のため、多大な努力をしていることが参加国・機関から大いに称賛されたなどとする共同議長声明を公表した。


原子力に関する国際会議で共同議長声明の公表後、記者会見する玄葉光一郎外相(左から2人目)=15日午後、福島県郡山市

 声明文では、福島第1原発で安定的状態が達成され、事故発生当時と比べて放射線量が大幅に低減したなどとする政府の報告も歓迎されたと明記した。同原発は1年前に冷温停止状態が宣言されたが、依然として汚染水漏れなどのトラブルが後を絶たず、一部では放射線量も高い状況が続いている
---時事.com(24.12.16)


掲載情報と画像の資料元:

朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、産経新聞、NHK,グーグル、ヤフー、その他記事、画像の末尾に資料元、日時を掲載。


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