i-Mart(アイマート)の東北大震災特集:災害画像 、被災地の状況、震源地図解、プレート図解、津波図解、余震分布図、過去の大地震震源地分布図、
東日本大震災被災地情報P.1

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最新の状況


「故郷に戻らない」4人に1人 原発事故避難8町村調査

東京電力福島第一原発事故で住民が避難している福島県双葉郡8町村の全世帯を対象に実施されたアンケートで、回答者の4人に1人が「元の居住地に戻る気はない」と答えた。30代前半までの回答では5割を超え、地域の先細りが心配される。


 福島大学の災害復興研究所が町村の協力を得て8月から今月まで実施した。避難先にも送られる広報誌に同封して2万8184世帯に調査票を送り、48%にあたる1万3463世帯から回答を得た。

 元の居住地がどのような状態になれば戻るか、との問いには「他の人々がある程度戻ったら」が27.8%、「除染が実施されれば」が22.7%。一方「戻る気はない」が26.9%で、特に34歳までの回答者では52.3%を占めた。原発が立地する大熊町、双葉町と隣の富岡町で「戻る気はない」が3割を超えた。
ーー朝日新聞(23.11.9)




路線価、宮城で最大8割減 「調整率」原発周辺は「0」扱い

国税庁は1日、相続税や贈与税の算定基準となる平成23年分の路線価(今年1月1日時点)に、東日本大震災による被災地の地価変動を加味した「調整率」を公表した。宮城県女川町の一部で0・2と路線価が8割引き下げられたほか、津波被害を受けた太平洋沿岸地域は軒並み7割超の減少。福島第1原発周辺の12市町村で、警戒区域や計画的避難区域などに指定された地域は相続・贈与税の申告にあたり「ゼロと申告して構わない」とした。

 下落幅が大きいと税負担が軽くなるケースがある一方、地価相場や不動産取引に影響する可能性がある。

 路線価に調整率が適用されるのは阪神大震災(平成7年)に続いて2回目。青森、岩手、宮城、福島、茨城、栃木、千葉の7県全域と、埼玉県、新潟県、長野県の一部約6万5千平方キロ(全国の17・1%)が対象。同庁が財団法人「日本不動産研究所」に調査を委託し、6月から約2カ月、約900地点で行われた調査をもとに設定された。

 調整率が最も低かったのは宮城県女川町の一部宅地で0・2。同県東松島市、南三陸町、山元町が0・25、仙台市若林区や岩手県大槌町、福島県いわき市など3県23市町村の一部が0・3となった。

 液状化の被害を受けた千葉県浦安市は「ブランドイメージの低下」(同庁)などを理由に、一部地域で0・6と4割減少した。

福島県浪江町の不動産会社「双葉不動産」の岩野丈美管理部長はそう話す。約2千物件の大半は、立ち入りが禁止された同町や双葉町などの警戒区域内にある。本社機能移転を余儀なくされ、収入はほぼゼロになった。「価格がつかないのは分かるが、この先どうなるのか」

 一方、福島県内でも立ち入り制限区域外では不動産取引が活発な地域もある。南相馬市の不動産業者「クリーク」の小川優彦社長は「賃貸物件は枯渇状態。土地の取引に関する問い合わせも増えた」と明かす。避難生活の長期化で高齢者らを中心に、少しでも実家の近くに戻りたいとする心理が働いたことが要因という。

 液状化被害が出た千葉県浦安市の不動産会社「明和地所」によると、中古マンションの取引量は5月ごろには前年の9割まで回復。価格もほぼ震災前に戻った。同社新浦安本店情報部の南沢悦郎さんは「数字が独り歩きし、取引に悪影響を与えないか…」と話した。

全国路線価比較推移表   路線価変動率


ーー産経新聞(23.11.2)




福島の仮設世帯、7割「仕事していない」

 震災と東京電力福島第一原発事故で、福島県内の仮設住宅で暮らす世帯のうち、家計を支える立場にありながら仕事に就いていない人が7割近くに上ることが20日、県の調査で明らかになった。

震災前に仕事に就いていた人は7割。原発事故で職場を失うなどした人は多く、今後の収入確保に不安を募らせている。

 調査は9月10日〜18日、県内の仮設住宅に入居する約1万世帯のうち、主たる生計維持者を対象に調査員が聞き取りを行った。6468人が回答した。

 集計によると、震災前に働いていた人は全体の71・6%だったのに、震災後の現在は33・1%にとどまった。県によると、震災による解雇のほか、立ち入り制限区域内の事業所が休業したり、農林漁業従事者が仕事を失ったりするケースが多いという。地域別では、原発事故に伴い、警戒区域や一部が計画的避難区域となった町村などで、働いていないと回答した人の割合が高い傾向にあった。

 全体の2割が失業保険を受給。現在の主な収入源は「年金」41・8%、「預金の取り崩し」11・5%、「失業保険」7・2%などだった。就労については、65歳未満のうち62・9%が就職を希望し、57%が正規雇用を望んだ。就職を希望しない人では、6割が高齢を理由に挙げたほか、今後の見通しが不透明なため活動しづらいとする声も1割ほどあった。
−−読売新聞(23.10.21)



震災で転校・転園2万5751人 文科省集計


東北被災地から転校増加

◇東日本大震災で転校した児童生徒数

       岩手県  宮城県  福島県    3県合計

5月1日現在  969 3980 1万5471 2万 420

うち県外    237 1494   9998 1万1729

9月1日現在 1126 4598 1万8368 2万4092

うち県外    313 1702 1万1918 1万3933

 (文部科学省まとめ、単位・人)


東日本大震災で被災して転園・転校した幼稚園児や児童生徒が、9月1日時点で2万5751人に上ることが文部科学省の集計で分かった。5月1日時点から18%増えた。同省の担当者は「仮設住宅の建設が進み、夏休み中に転校に踏み切ったケースが多いのではないか」としている。

 県外へ移った子どもは、福島県からが1万1918人で、津波被害が大きかった宮城県の1702人、岩手県の313人と比べても突出している。東京電力福島第一原発事故で、放射線への不安を感じて転校した例が多いとみられる。

 3県合計では1万3933人で、福島県からが86%を占めた。5月と比べて福島は1920人、宮城は208人、岩手は76人増えた。
−−朝日新聞(23.10.14)




生活再建めど立たず62%…被災地首長が回答

東日本大震災から半年を前に、読売新聞が岩手、宮城、福島県の津波被災地や東京電力福島第一原発周辺の42自治体首長にアンケートしたところ、住民の生活再建について26人(62%)が「めどが立っていない」と答えた。

 震災から2か月を前に行った前回調査(42首長のうち41人が回答)では「めどが立っていない」は66%で、状況はほとんど改善していないようだ。

 原発周辺町村の5人が「全く立っていない」とし、21人が「ほとんど立っていない」とした。「住宅を失った人の中には高齢者や失職者も多い。所得があまり見込めないのに仮設暮らしが続く可能性がある」(阿部秀保・宮城県東松島市長)などの声があった。

 復興の進捗(しんちょく)度については「順調」が3人、「ある程度進んでいる」25人、「相当遅れている」10人、「全く進んでいない」4人。この4人は福島県双葉町、大熊町、富岡町、飯舘村で、原発事故による警戒区域か計画的避難区域の自治体だ。

被災者の生活課題
別の調査(朝日新聞)による被災者の生活課題

ーー読売新聞(23.9.8)



東日本大震災の震源地海底の様子をしんかい6500が探る

海洋研究開発機構が震源地付近の海底を撮影、亀裂の映像公開

しんかい6500が震源地の海底を探る
しんかい6500
「しんかい6500」は、水深6,500mまで潜ることができる潜水調査船で、現在運航中の有人潜水調査船のなかで、世界で一番深く潜ることができる。 1990年に完成し、就航。
震源地の海底に亀裂
震源地の海底に亀裂
幅30cmで長さが数十メートル

動画
しんかい6500の撮影した動画
巨大地震の際にできたとみられる亀裂があり、大きなもので、幅はおよそ1メートル、長さは80メートルを超えるということだが、亀裂の深さは確認できないという。
海底の亀裂
海底の亀裂
有人潜水調査船「しんかい6500」から撮影されたもので、震災の震源地付近である宮城県沖、深さおよそ5,300メートルの海底。

          


引きずる悲しみ 灯籠には「大丈夫だから」 宮城・閖上

東日本大震災の津波で大きな被害を受けた宮城県名取市の閖上(ゆりあげ)地区で13日、犠牲者を鎮魂する灯籠(とうろう)流しがあった。

 亡くなった家族や友人に向けて《天国の方から見守ってください》といったメッセージが記された灯籠1200個が名取川に浮かべられた。
灯篭流し、被災者の鎮魂、宮城

 名取市の死者数は、12日現在911人。82人が行方不明のままだ。閖上に住んでいた弟夫妻を津波で失った仙台市太白区の土屋英夫さん(66)は《むこうでも2人で仲良くやってくれ、こっちは大丈夫だから》と書いた。「まだ悲しみを引きずっているけど、少しでも思いが届いてくれたらうれしい
−−朝日新聞(23.8.14)


放射線汚染プール問題

放射線汚染プール問題汚染したプールの
水の処理に困惑する学校:渡利小学校。福島県


東日本大震災:8万人超が全国に避難…11日で5カ月

東日本大震災は11日、発生から5カ月を迎える。警察庁の10日現在のまとめでは、死者は1万5689人に上り、今なお4744人が行方不明。被災者の避難先は全都道府県に広がり、8万7063人(7月28日現在)が避難生活を強いられている。

 ◇不明なお4744人

 岩手、宮城、福島3県の死者1万5623人のうち8%は身元が分からないままだ。

 内閣府によると、避難者のうち1万2905人が公民館や学校などの避難所で暮らし、旅館・ホテルに1万9918人、親族・知人宅などに1万8874人が身を寄せる。公営住宅や仮設住宅などには3万5366人が入居している。
8万人が全国に避難
12日に閉鎖予定の避難所、陸前高田市

 仮設住宅は、9日までに岩手県1万3833戸、宮城県1万9123戸、福島県1万2810戸が完成。岩手県は必要数がほぼ建設され、宮城、福島両県はともに9月中旬の全戸完成を見込む。

 一方、環境省が推計した3県のがれきは計2263万トンで、仮置き場に運ばれたのは1071万トンにとどまっている

−−−毎日新聞(23.8.11)



校庭の除染、急ピッチ 福島の半数の公立校で実施・計画

東京電力福島第一原発事故で、福島県内の公立の小中学校、養護学校、幼稚園・保育所の半数にあたる584校が、汚染された校庭や園庭の土を取り除く工事を実施したか、計画していることが朝日新聞の調査でわかった。このうち97%が夏休み中に終える見通しだ。除去で生じる土の量は約18万立方メートルにのぼるが、処理のめどは立っていない。

除染の進展状況

 全59市町村に、公立の計1160校の実施状況を聞いた。土の除去を実施または計画中なのは25自治体の584校。このうち、10日までに完了したのが299校、おおむね今月末までの夏休み中に終えるめどが立っているのが268校。合わせると97.1%が2学期始業前に終える見通しだ。
−−−朝日新聞(23.8.11)



福島小中生:震災後1万4000人転校 放射線不安などで

福島県内の公立小中校に通っていた児童・生徒のうち、東日本大震災と福島第1原発事故以降に転校したか、夏休み中に転校予定の小中学生が計約1万4000人に上ることが、県教委のまとめで分かった。夏休み中に県外に転校予定の小中学生は1081人で、4分の3は放射線への不安を理由に挙げた。当初は原発から30キロ圏など避難区域からの転校例が多かったが、区域指定されていない県央部(中通り地方)からの例が多くなっているという。

 県教委によると、震災発生から7月15日までに県外へ転校した児童・生徒は7672人。県内への転校が約4500人。夏休み中に県外へ転校を予定しているのは1081人、県内への転校予定が755人。

 文部科学省によると、県内の公立小中校の児童・生徒は5月1日現在で約16万5000人だった。1割近くが転校を余儀なくされた形だ。私立学校生や就学前の幼児、高校生らを含めると「疎開」した未成年者の数はさらに増える。

 原発事故後、同県では、原発30キロ圏内の学校の多くが県内他校の校舎を借りて授業を行っている。県教委の分析では、7月15日までの転校者計約1万2000人の半数以上は、元々は原発30キロ圏内の学校に通っていた児童・生徒とみられる。今回、1学期終了に合わせて実態を調査した。調査に携わった関係者によると、夏休み中の県外転校予定者の半数以上が福島、郡山両市など中通りの学校に通学していたという。

小中学校の放射線汚染
図の説明:福島県内の幼稚園、小学校、など1600ケ所の校庭を汚染した放射線分布マップ

 一方、夏休み中の県内転校予定者の約半数は「仮設住宅などへの転居」を理由に挙げた。同県相馬市に避難先から戻るケースもある。県教委は「子供の負担を考えて、区切りとなる1学期終了後の転校を決めた人が多いのでは」と推測している。
−−毎日新聞(23.8.9)




津波災害の状況

津波被害の状況、宮古、石巻
宮古市 
国土交通省資料
津波被害状況、石巻
石巻市
国土交通省資料


津波の被害、岩沼市   
岩沼市

浸水区分(100mメッシュ)

識別色

8.0m

4.0m8.0m以下

ピンク

2.0m4.0m以下

1.0m2.0m以下

黄色

0.5m1.0m以下

薄緑

0.5m以下

薄青

不明

グレー




津波の浸水面積、23区の9割に相当 東日本大震災(23.8.5)

 国土交通省は4日、東日本大震災に伴う津波被害の実地調査結果を発表した。浸水した総面積は約535平方キロメートル。うち4割超は水の深さが2メートル以上に達していた。全壊した建物の割合でみると、浸水が1.5〜2メートルでは約3割だったが、2〜2.5メートルに水かさが増すと約7割に急増しており、浸水した津波の高さが被害の明暗を分けたことが分かった。

津波の浸水面積   

浸水区分(100mメッシュ)

識別色

8.0m

4.0m8.0m以下

ピンク

2.0m4.0m以下

1.0m2.0m以下

黄色

0.5m1.0m以下

薄緑

0.5m以下

薄青

不明

グレー

陸前高田市(国交省資料)

津波による浸水が確認されたのは青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉の6県62市町村。建物の壁などに残る水の痕跡などを現地で実際に確認して集計。津波被害は国土地理院による航空写真などの分析はあったが、実地調査による被害が明らかになったのは初めて。

 浸水が地表から1.5〜2メートルのレベルにとどまっていた区域では、全壊した建物が約3割だったが、2〜2.5メートルの区域になると約7割に急増していることが分かった。同省はこの2メートルが被害レベルを大きく分ける目安になるとして、各自治体が防潮堤などの高さを決める際の参考にしてもらう。

 今回浸水した総面積は東京23区の面積の約9割に相当する。浸水面積が最大だったのは宮城県石巻市で約56平方キロメートル。市全体の約1割に及ぶ。次いで仙台市の約47平方キロメートル、福島県南相馬市の約37平方キロメートルが続いた。津波で壊れたり浸水したりした建物は約22万棟に及び、このうち全壊は約12万棟だった。

 浸水した区域の約2割にあたる99平方キロメートルでは建物の多くが全壊した。被害が甚大だった岩手県大槌町で建物が全壊した範囲は、浸水区域の8割近くに達した。

 全壊した建物のうち、建物が完全に流されたのは約7万8千棟。床から1メートル以上浸水した「大規模半壊」は約3万6千棟、1メートル未満の床上浸水だった「半壊」は約4万棟あった。

 同省は今後も実地調査を継続し、建物の構造や地理的条件によってどのような被害の差が出たかなどを分析。こうした被害状況を各市町村に伝え、復興計画づくりに役立てる狙いだ。

−−−日経新聞




園児2千人が退園・県外へ…福島の私立幼稚園


東京電力福島第一原子力発電所事故で、警戒区域指定による避難や放射線による健康不安から福島県内の私立幼稚園の園児約2000人が県外に転園したり、幼稚園に通うのをやめたりしていることが、福島県全私立幼稚園協会の調査で分かった。(23.8.3、読売新聞)

  園児2000人が県外へ

同協会によると、原発事故後から5月19日までの調査時点で、退園や休園、転園をした園児は約2300人。警戒区域と緊急時避難準備区域が約800人、いわき市が589人、県中地域の郡山市が581人、福島市などの県北が215人、須賀川市などの県南が95人。原発から約100キロ離れた会津地方でも18人が退園するなどしている。

 約2300人のうち、放射線量の低い県内の幼稚園に転園したのは約300人。残り約2000人が県外に出たり、幼稚園に通うことを断念したとみられる。(読売新聞)





自衛隊大量発生のハエ駆除染、宮城県塩釜市浦戸野々島(23.7.19)

  自衛隊によるハエの駆除



セシウム汚染の牛の汚染原因調査:南相馬市(23.7.10)

セシウム汚染の牛  汚染の牛たち


大震災の被害と復旧状況

7月11日で発生から4か月となる。全国各地に避難した被災者は約10万人に上り、うち約2万4000人は依然として、学校などの避難所で生活を続けている。

 岩手、宮城、福島の被災3県で撤去されたがれきは、約34%にとどまる。東京電力福島第一原子力発電所の事故は収束のメドが立たず、最前線に立つべき復興相が交代するなど政治は停滞を続けており、本格的な復興への道筋はまだ見えない。

 警察庁の9日現在のまとめでは、震災による死者は6月11日より131人増えて1万5544人となった。行方の分からない人は5383人に上る。

 内閣府によると、6月30日現在、避難者は全国で9万9236人で、2週間前に比べて1万3000人余り減少した。ただ、避難者数には、岩手など被災3県で仮設住宅などに移った人数は未集計のため、含まれていない。避難先は47都道府県の1146市区町村に及んでいる。

 国土交通省によると、仮設住宅は8日現在、岩手、宮城、福島、茨城、千葉、栃木、長野の7県で計約3万7000戸が完成。このほか、約1万500戸が着工済みとなっている。必要戸数は当初、7県で計約7万2000戸とされていたが、被災者が民間の賃貸住宅に入ったり、他の地域に転出したりして需要が減ったため、8日現在で計5万583戸まで減少した。


あす4カ月 仮設入居率、いまだ64%

 7月11日で発生から4カ月を迎える。被害の大きかった岩手、宮城、福島3県では8日現在、必要数の71%に当たる3万6731戸の仮設住宅が完成したが、毎日新聞のまとめでは入居率は64%にとどまっている。現在も3県内では計3万7672人が避難所暮らしを続けており、プライバシーの保てる仮住まいへの引っ越しは進んでいない。

 国土交通省や3県によると、岩手県では1日現在で仮設住宅9919戸が完成したが、入居は7181戸で入居率は72%。宮城県は完成1万5756戸、入居9619戸で入居率61%(7日現在)、福島県は完成9212戸、入居5533戸で入居率60%(同)となっている。

 入居率が低い背景には、仮設住宅の入居事務を行う市町村が、多くの震災関連業務を抱えるため、入居者の募集や決定が遅れがちな事情もある。さらに、仮設住宅の立地場所の利便性の問題などから、被災者が入居を敬遠するケースも目立つという。

被災地に咲くヒマワリ
ガレキの中で咲く花、南三陸







がれき撤去やっと35% 被災3県、焼却施設も未整備


ゲレキの撤去やっと35% ガレキ処分所は満杯
ガレキの山、南三陸、宮城県(23.7.8) ガレキ処分所も満杯、石巻商業高校の裏、(23.7.8)

東日本大震災から11日で4カ月を迎える被災地に、まだ大量のがれきが残っている。岩手、宮城、福島の3県から出た2183万トン(推計)のうち、仮置き場に移されたのは35%の763万トンだけだ。焼却施設の整備も進まず、3年以内を目標に掲げる最終処分の見通しもたっていない。

 朝日新聞が7日までに、3県の沿岸37市町村に聞き取るなどして、がれきを仮置き場に移す作業の進捗(しんちょく)状況を集計した。3県で撤去が最も進んでいるのは446万トンのがれきを抱える岩手県の51.4%。1509万トンと最多の宮城県は31.3%で、228万トンの福島県は26.8%だった。
 37市町村のうち、最もがれきが多かったのは宮城県石巻市の616万トン。同市の年間ごみ処理量の106年分にあたり、岩手県全体の量を上回る。このうち被災市町村では最多の89万トンをがれき置き場に運び込んだが、全体の14%にすぎない。

 平地が少ない石巻市では、がれきの仮置き場不足が深刻だ。職員がインターネットのサイト「グーグル」の地図で探している。家屋の解体も遅れている。環境省は3月、損壊が大きい家屋の撤去に所有者の承諾は不要との方針を示したが、市は住民とのトラブルを避けるため、同意を得ながら進めている。

 仮置き場に集められたがれきは、リサイクルできるものをより分け、木くずなどは焼却場で処理され、不燃物は埋め立てられる。

 岩手県はがれきの半分以上の焼却を太平洋セメントなど民間企業に委託する方針だが、残りを処理する焼却場の設置場所や設置数は決まっていない。宮城県は6月中に設置場所を確定する予定だったが、気仙沼市では地権者との調整がつかず、先送りされた。

−−−朝日新聞(23.7.8)





放射線汚染で閑散とした海水浴場と鎮魂の送り火
閑散としたビーチ、日立 鎮魂の送り火、伊達市、福島県
日立中市阿字ヶ浦海水浴場、閑散としたビーチ(23.7.3) 1700本のロウソクで鎮魂の送り火;伊達市、福島県(23.7.4)






農林水産業への震災被害、2兆円を突破

農林水産省は1日、東日本大震災による農林水産業への被害額が2兆1005億円に達したと発表した。

 岩手、宮城、福島を中心に、北海道から沖縄県まで、幅広いエリアで被害が確認されている。原子力発電所の事故の影響で、福島県では被害の把握に時間がかかっており、被害額はさらに膨らむ公算が大きい。

 6月30日夕までに確認された被害額を集計した。最も被害が大きかったのは水産業で、漁船2万1506隻、漁港319港が被災した。養殖施設や市場・加工施設などにも被害が及んでおり、被害額は計1兆2074億円に達している。

 農業では、1万4734か所で農地の損壊が確認されたほか、ビニールハウスなど農業用施設や農作物、家畜など、あわせて7644億円の被害が出ている。



イエバエの大発生 放射線汚染の公園は雑草で一杯
イエバエの大発生
ハエの駆除に苦労
放射線汚染の公園は雑草で一杯
福島市内の公園
津波による漁船の被害は甚大
津波により漁船お被害は甚大
漁船2万1506隻が被災


海底下の断層 54メートル以上もずれ

 東日本大震災では海底下の断層が54メートル以上ずれていたことが、国土地理院の今給黎(いまきいれ)哲郎・地理地殻活動総括研究官の解析で分かった。また、ずれがプレート(岩板)境界に近い場所で起こったことも判明した。こうした要素が重なって、海底が10メートル以上隆起し、巨大津波につながったという。23日に東京都内で開かれた報告会で発表した。

 地震を起こす断層が海にあると観測が難しくなる。これまでの断層のずれは、陸地での観測から24メートル以上とされていた。
大地震による海底の断層54m以上もズレ

 今給黎さんは、陸地の地殻変動をとらえる国土地理院のGPS(全地球測位システム)の観測網に、海上保安庁の観測船によるデータを組み合わせて調べた。その結果、陸地だけでは得られなかった海溝付近の状況が分析でき、正確なデータが得られた。
−−−毎日新聞 23.6.23



岩手の沿岸部 0メートル以下1.8倍に

 東日本大震災による地盤沈下を調べている国土交通省は22日、岩手県の沿岸部で、海抜0メートル以下の面積が震災前の1.8倍の0.6平方キロとなったことを明らかにした。大潮の満潮位(海抜0.7メートル)以下となる地域も3.2倍の3.5平方キロと広がっており、冠水被害への注意を呼びかけている。国交省によると、震災後に海抜0メートル以下に沈下したり、大潮の満潮位以下となった地域は、陸前高田市や大船渡市、大槌町などの沿岸部。県内5カ所の10〜56年間の最高潮位の平均値(海抜1.2メートル)以下の地域も2.3倍の8.1平方キロに広がった。
宮城県沿岸部については先月26日、海抜0メートル以下の面積が震災前の3.4倍の56平方キロに広がったことが判明。福島県については「福島第1原発事故の影響で調査実施は未定」としている。

−−−毎日新聞

大震災後の地盤低下と低下の程度
大震災後の地盤沈下状況 各地点の地盤沈下調査



9割が急増の「イエバエ」 感染症に注意

 ハエが大発生している東日本大震災被災地の三陸沿岸部で、食中毒菌を媒介しやすい「イエバエ」が急激に増えていることが22日、国立感染症研究所の現地調査で分かった。宮城県石巻市の市立湊中学校の避難所では、捕獲したハエの9割超がイエバエだった。同研究所は「感染症のリスクが高まる可能性がある。防虫ネットで侵入を防ぐ対策を早急に取るべきだ」と呼び掛けている。同研究所昆虫医科学部の小林睦生部長らが今月初旬、石巻や気仙沼市など同県内の4市町で調べた。

 湊中の避難所では8日から9日間にわたり、食堂の内側の壁に、30センチ四方の粘着トラップ板を複数設置してハエを捕獲。この結果、捕獲数はいずれも「異常なほど多い」レベルで、最も多い板では431匹に上り、うち423匹と98%がイエバエだった。同市内の他の地域でも、5月ごろまであまり見かけなかったイエバエがかなり多く見られたという。
ハエの駆除
ハエを駆除する作業
−−−毎日新聞





役場の引越し、飯館村
飯館村役場引越し完了(23.6.21) 計画的避難地域となっている飯館村の役場は福島市へ移転


冠水した町、石巻
冠水した建物、石巻、23.6.14  (宮城県)


3ケ月を経過した現地


仮の墓で祈る、気仙沼
仮の墓で冥福を祈る家族
気仙沼
3月めでようやく一息 石巻避難所
3ケ月経ってようやく一息
石巻避難所


6割余りが被災者の生活再建の見通しが立っていない不安


岩手、宮城、福島3県の被災42市町村長に朝日新聞がアンケートしたところ、6割余りが被災者の生活再建の見通しが立っていないと答えた。基幹産業の農業・漁業の再開のめどが6割前後の自治体で立っておらず、原発事故も収束していないためだ。最優先課題には約7割が「雇用の確保・創出」をあげた。11日で東日本大震災の発生から3カ月。被災者支援に有効な対策を打ち出せない国への不満が根強い。

被災者の生活課題、生活再建めど立たず

 42市町村は、津波被災地や東京電力福島第一原発の事故による避難対象。

 生活再建の見通しが「全く立っていない」「ほとんど立っていない」と答えた首長27人のうち、福島県内が13人を占めた。県内外に避難した住民の帰宅のめどが立たず、復興へ踏み出せない状況がうかがえる。

 街づくりでは、4割近く(15人)が被災地の住宅や商・工業施設のすべて、または一部について高台や放射能の非汚染地域に移転する方針を明らかにした。

 集団移転について態度を決めかねている首長も多く、「被害が甚大な地域では住宅地などを移転」(仙台市)、「漁業者は海のそばに住みたいだろうし、高台に集団移転したい人もいる。住民の希望に応じる」(宮城県七ケ浜町)など検討中の首長もいた。

 解決すべき、最も優先度が高い被災者の生活課題を三つまで選んでもらったところ、「雇用の確保・創出」が最多で29人。「被災者の生活資金支援」「仮設住宅など住まいの確保」と続いた。福島県内の首長に限ると、15人中13人が「原発事故の早期収束・安全確保」を選び、トップだった。

 菅政権の震災対応については「評価しない」「あまり評価しない」が8割近く(33人)を占め、「評価する」はなかった。「民主党内で権力闘争。(政権と被災地の思いが)決定的に乖離(かいり)している」(宮城県気仙沼市)、「スピード、スタンスともいま一つ信頼がおけない」(福島県新地町)など厳しい意見が目立った。

 がれきがほとんど残ったままとする首長は約3割(13人)、仮設住宅の整備が政権目標の8月中旬に間に合わないと答えた首長は3人(宮城県女川町、福島県南相馬市、広野町)おり、復興の進み具合に差が出始めている。復興の目標期間は「5〜10年」(19人)が最多。次いで「5年」が13人、「3年」が5人だった。「10年以上」も2人(岩手県大槌町、南相馬市)いた。 (朝日新聞 23.6.11)




ヘドロが4県で計約1000万〜1600万トン

津波のヘドロが1000万トン〜1600万トン  津波のヘドロ  ヘドロの処理作業

環境省は10日、東日本大震災による津波で堆積したヘドロが、岩手、宮城、福島、茨城の4県で計約1000万〜1600万トンに上るとする推計を発表した。

 農地などに残されたヘドロ処理は大半が手つかずの状態で、同省は撤去の方策を検討する。推計は国立環境研究所などが、津波で浸水した場所に2・5〜4センチのヘドロが堆積したとの仮定で行った。ヘドロには有害物質が含まれていることもあり、同省は各市町村に飛散を防ぐための散水などを求めていく。



最新状況:災害の爪あとは深い


破損盗難 逃げた牛の群れ
心無い人による自動販売機の破損盗難
大熊町、野上
群れをなして行動する牛たち
大熊町、野上



最新状況:災害から立ち直る人々

元気を取り戻した宮古港 石巻の老舗かまぼと店が再開
元気を取り戻した宮古港
漁を再開して活気が戻る港
石巻の老舗かまぼこ店が再開
再開を喜ぶお客で賑わうお店



津波で塩害の田に田植えはじまる 英語を教える英国人教師
津波で塩害の田に、田植えを始める農家
塩害に負けない農家の人
再来日して英語を教えるハナ・サノオタさん<英国人>
地震後一時帰国したが、再度来日し飯館中学で教える

防護複を着て追悼する人達 浪江町
一時帰宅で弔う人
写真:一時帰宅を許されたが、家は破壊され亡くなった家族を弔う
防護複を着て追悼する人達(浪江町)
写真:一時帰宅を許された人達が一緒に追悼2

一時帰宅で元の自宅付近を歩く人達
写真:一時帰宅を許されたが、家・家財道具はなく廃墟の後をを歩く
一時帰宅で許された一袋の家財を運ぶ人(双葉町)
写真:わずか一袋に収めた家財を運ぶ



被災地の状況(平成23年4月9日まとめ)
東日本大震災 被災地 4月9日まとめ


被災地の状況(平成23年3月26日まとめ)
東日本大震災の沿岸部の被災状況
東北被災状況(平成23年3月23日まとめ)
被災の大きい岩手、宮城、f串間


東日本大震災 被災地情報 3月26日まおめ



東日本大震災の地震震源地・分布図


地震の資源地と大きさ図解1.
地震震源地分布図
上記の図説明:地盤の移動距離を色分けで示す。右上の表を参照:赤丸は25M地盤がスリップした。



震源地とプレートの関係図
東北地震地震震源地分布図


過去の地震震源地分布図・余震震源図
過去の地震震源地分布図 東日本震源地図解
地震の強さを円のサイズで示す。

特徴:広い地域で、深い位置

太平洋プレートの沈み込み−固着域が破壊−津波が発生
災害から立ち直る猟師 釜石
過去の東北地方の地震震源地分布図




地震で発生した津波エネルギーの波及の様子
色は津波の高さ、数字は到達時間
津波の到達時間



予想外の大津波は、”プレートの滑りすぎ” か?


東日本大震災で壊滅的な被害をもたらした大津波は、日本海溝付近のプレート(岩板)境界で起きた「すべり過ぎ現象」によって巨大化したことを、東京大学大学院理学系研究科の井出哲准教授らが地震波の分析で解明した。

 マグニチュード(M)9・0の巨大地震は、地面をガタガタ揺らした深部(陸寄り)の断層破壊と、大津波を起こした浅部(海溝付近)の大きな断層すべりの“2つの顔”を持つという。20日付の米科学誌「サイエンス」に発表した。

 井出准教授らは、全世界のデジタル地震観測網の地震波記録を分析。(1)最初の3秒間はゆるやかな破壊(2)次の40秒間に陸地方向に破壊が進行(3)この後に、海溝付近で約60秒間の大きなすべりが発生(4)再び陸寄りで90秒間の深部破壊−の4段階で震源断層の破壊が進んだことを解き明かした。

 巨大津波を起こしたのは(3)の段階で、このとき震源断層に蓄積されていた地震エネルギーが100%放出されただけでなく、ダイナミックオーバーシュート(動的過剰すべり)と呼ばれるすべり過ぎ現象が発生。陸側プレートの先端が変形しながら大きく跳ね上がり、津波の規模を巨大化させた。すべり量は、蓄積したエネルギーの2倍に相当するという。一方、人が感じるような周期の短い地震波(ガタガタ地震)は、(2)と(4)の深部の破壊過程からしか放出されていない。

 津波地震として知られる明治三陸地震は、(3)のような静かで大きな断層破壊だったと考えられるという。井出准教授は、「東日本大震災は、深部のガタガタ地震が海溝付近の津波地震を誘発したようだ。このような連鎖は頻度は低いが、地震・津波を巨大化させる普遍的なメカニズムと考えられる」と話している。





プレート移動図解
主な余震震源地分布図(23.4.13)


地震後の地盤沈下

国土交通省河川局によると、震災直後、津波浸水域の38%に当たる約170平方キロで海水が引かず、水浸し状態が続いた。宮城県と福島県で被害が目立ち、特に顕著だったのは、宮城県では名取市の仙台空港周辺や東松島市、多賀城市、亘理町、山元町。福島県は相馬市、新地町などだった。
国土地理院のGPS地殻変動解析では、地盤沈下は宮城県が特に激しく、石巻市の牡鹿半島で1メートル16センチ沈下したのをはじめ、同市内陸部で60センチ、南三陸町で71センチを記録した。このほか岩手県で最大53センチ、福島県で同50センチ、茨城県で同46センチなど、大規模な地盤沈下は広範囲に及んだ。
海溝型地震では、固着域が壊れると、陸側にあるプレートの端が海側へ跳ね上がるように動いて隆起。その跡地に陸寄りの地盤が落ち込み、地表が沈下するメカニズムが分かっている。

 「M8〜7クラスの海溝型地震でも同じメカニズムが働いたが、震源域が小さいため、地盤沈下は海の中で起きた。今回は震源域がかつてないほど巨大で広いため沿岸部が沈下し、津波被害が拡大して水が引かない原因になった」と都司准教授は解説する。




地盤沈下図解 臥竜の梅 満開 
各地の地盤低下結果
陸前高田市は84cmも低下、土地が水浸しの問題が発生。
地震による上下・左右の移動

虎舞 釜石 地盤沈下
地盤沈下
地盤が沈下して、土台が露出。
地盤沈下で満潮時に冠水
塩富町、満潮時は20〜30cmの冠水状態

地盤沈下 満潮時冠水 地盤沈下 86cm
地盤沈下
地盤が沈下して、満潮時に冠水(石巻市)
地盤沈下で満潮時に冠水
石巻市 最大41cm沈下し満潮時にの冠水



地震と津波による災害画像集


漁船撤去 復興作業始まる 津波の後
大型業船が津波で陸揚げ 流された小型飛行機と車の残骸



津波と火災 津波で破壊
津波直後の火災 津波が町を一掃
津波 沿岸の家や松は壊滅 津波 防潮堤を超える
津波
宮城県海岸
津波2
防潮堤を超える津波
津波 車を流す 津波 大型船を押し流す
流された車
宮城県
乗り上げた大型漁船
防潮堤を超えて乗り上げた
津波の引きで海底露出 復興の花見
津波の引きで海底露出
釜石港(23.3.11)
陸前高田で花見
避難生活からひと時の花見
津波被害による被害地の被害前と被害後の画像:仙台空港、、荒浜、藤塚、名取、福島原発
見方画像をダブル気リック、ABC ニュースへ・ 開いた画像の上に示される縦線をドラッグすると災害前と後が比較されて見られます
津波の恐ろしさと被害の大きさをが多少でも理解できます。
津波 仙台空港
津波の分析・高さ・波形  ・被害地の領域比較
津波で流出・破壊された総領域:
関東大震災の焼失面積を上回る。
総浸水面積は山手線内側の約8倍以上に及ぶ甚大な被害を蒙った。
日本周辺のプレート
今回の地震のと津波の仕組み:太平洋王レートの沈み込みによるひずみが蓄積されこれに対して、北米プレートがはねた。
被災地に復興の兆し
被災地別津波の高さ
災害地の津波の最高は、女川漁港の14.8M
津波の波形
合計7回津波が押し寄せた。1回目の津波の後の引きの強さが分かる。


放射能汚染による被災者・退避区域の現状(78,000人・9市町村が対象)



避難区域・20km内は警戒地域へ変更
立ち入り禁止

警戒区域内の人口は約7万8000人。一時的に立ち入りが認められる区域の人口は、3キロ圏内の約6000人を除く約7万2000人。

避難を求められて避難した避難者の避難所の生活
早く家に戻ることを望みながら我慢の生活を強いられている


飯館村・水田
放射線汚染が見つかった水田
大熊町の町民の避難(3.12)
岩股小学校へ緊急避難した被害者


緊急避難\大熊村
避難指示で急遽避難を急ぐ大熊村の人達(3.12)
南相馬市・小高村(4.12)
海岸沿いの小高村

南相馬町の警察による捜索
防護複をきた警察官がようやく捜索を始めた(4.7)
福島県マップ・内9市町村、78,00人が避難を強いられた。
双葉町、大熊町、双葉町、富岡町、樽葉町、飯館村、南相馬市、浪江村等

川内村(福島)の一時帰宅:わずか2時間の帰宅許可
村民が悪いというわけでないのに、汚染された地域の自宅に一時帰宅して、持ちだす物を選ぶ人
双葉町は無人:警戒地域に指定され無人となった
桜を見る人もいない。




放射能汚染で廃棄処分する農家と猟師: 今後のめどが立たず暗澹

放射線汚染野菜の廃棄(福島)
放射線汚染した小松菜を廃棄をする農家
魚も放射能汚染・コウナゴ
捕れたコウナゴを販売できず収入が途絶える漁師


1年間推定汚染マップ(福島近辺)文部科学省作成
遅ればせながらようやく公表された汚染推定マップ(4.25公表)
平成23年4月24日現在の放射背線汚染マップ
現在の汚染地域と推定汚染地域(左図)と相違は少ない



県によると、震災前の時点で警戒区域の9市町村には牛約4000頭、豚約3万頭、鶏約63万羽、馬約100頭が飼育されていた。県はいずれも相当数が餓死し、生き残った家畜も衰弱しているとみているが、数は把握していない。県は、瀕死の家畜を安楽死させる一方、野放しの場合は民家を荒らす恐れがあるため畜舎に戻す。死んだ家畜は消石灰を散布して消毒する。

20114242120  読売新聞)




被災地で復興の兆し

津波で残った建物にツバメが雛
親を待つツバメの雛
残った一歩の松
越前高田で津波に負けず残った松


釜石の漁業者が漁の再開を語る
新たな船出の準備にかかる漁師
笹かまぼこの工場を再建
工場の再建を語る社長


山田町・岩手の臥竜の梅が塩害に負けず満開
井戸水を上げて元気に立ち直った梅
虎舞・釜石復活
災害に負けず虎舞が行われた釜石


災害の分析

あっけなく砕かれた巨大防潮堤:高さ10メートルの万里の長城

 住民が「万里の長城」と呼ぶ巨大防潮堤で守られていた街があった。東日本大震災で被災した岩手県宮古市の田老地区(旧田老町)。総延長2.4キロ、高さ10メートルの世界にも類がない二重の壁は、半世紀近い年月を費やし築かれた。だがあっけなく砕かれ、街は流された。

    

 明治(1896年)の大津波では1859人の死者・不明者を出し、浸水した平たん地で生き残ったのはわずか36人。昭和(1933年)の大津波では全被災地の3分の1に近い911人の命が奪われた。いつからか「津波田老」とまで呼ばれるようになる。

 津波への恐れを、どこよりも感じ、十分に備えていたはずだった。それでも200人近い死者・不明者を出したのはなぜなのか。
「津浪(つなみ)を正面から防御するのは不可能。高地移転が唯一の策」

 1933(昭和8)年の大津波から3カ月後、文部省震災予防評議会が発表した「津浪災害予防に関する注意書」には、そう記されている。被災した集落の代表として真っ先に、911人の犠牲者を出した田老を挙げ、地形を分析して「住宅地を北側斜面12メートル以上の高地に移す」と提案していた。

 それでも田老は、津波に挑む道を選んだ。住民約500戸が住めそうな高地が周辺になかったことや、基幹産業だった漁業に大きな支障が出ることから移転をあきらめ、中心部を守る防潮堤(第1の防潮堤、地図赤色)を築いて同じ場所に暮らすことを決める。翌34年に着工し、戦争での中断を挟んで58年に完成。町民は「万里の長城」と誇った。

 町を二重に囲う形にする新しい防潮堤の建設を始めたのは、そのわずか4年後。三陸沿岸を中心に死者142人を出した60年のチリ津波で田老は一切被害がなく、国内外の注目を浴びたことがきっかけだった。

当時の町職員で元町長の野中良一さん(75)は「被害がなかったものの、どんなに優れた壁でも一つだけでは不安が残る、と議論になった」と振り返る。さらに町の100周年記念誌に掲載された座談会では「最初の防潮堤より海側に土地を持っている人たちが分家などで家を建て始め、宅地化してきたため」という理由も述べられた。

 新しい防潮堤は66年に北側(第2の防潮堤、地図緑色)、79年に南側(第3の防潮堤、地図青色)がそれぞれ完成し総延長2.4キロ、高さ10メートルの巨大なコンクリートの壁が出来上がった。その後、海側と陸側の二つの壁に挟まれた地区(B・C地区)に住宅が増え始める。

 86年には、たろう観光ホテルも開業する。周辺にはまだ、現在の半分しか建物がなかったと社長の松本さんは記憶する。昭和の大津波の後、いったんは市街地から高台へ自宅を移したが、72年に家族で再び市街地に戻った。元々土地を持っていた海のそばにホテルを建てたのは、それから14年後だ。「だんだん海に近付いていったが、新しい防潮堤ができた後だったので危険とは思わなかった」

 元町長の野中さんは「なぜ住宅建設を規制しなかったのかと今も言われる。しかし核家族化が進む中、二重に囲まれた地区(A地区)にはもう土地がなく、町は黙認するしかなかった」と言う。

田老地区(旧田老町)のうち、港を望む中心部の平たんな地域の人口は2466人。地域全体で死者96人(4月10日現在)、行方不明者50人(同27日)を出した。新しい住宅地には566人が暮らし、死者19人、行方不明者36人。地域全体で5.9%だった死者・行方不明者の割合がこの地区では約1割と高く、特に不明者は全体の7割超がこの地区に集中していた。

 津波から2週間後、幅3メートルの陸側防潮堤上から交互に両地区を見渡した。内と外で対照的な光景が広がる。二重に守られていた市街地には、2階部分だけは外観上原形をとどめた家屋がいくつも残る。一方、新しい防潮堤しかなかった地区は、ほぼ更地になっていた。この防潮堤が砕かれたことで、自宅に残った人の多くが家ごと海に流され、犠牲者と不明者の多さにつながったと推測できる。

 港の岸壁沿いに切り立つ崖に、明治と昭和の大津波の水位表示板が掲げられている。その近くに、田老総合事務所職員の大下さんが津波を見た旧国民宿舎へ向かう急な坂道の上り口があった。途中のカーブで、白い軽乗用車が横倒しになっていた。その位置は、二つの水位表示板より上だった。

 宮古市職員、山崎正幸さん(45)は昨年まで7年間、防災を担当していた。「防潮堤のもともとの役割は、自然の力に逆らわないよう南北にできるだけ津波を受け流し、避難するまでの時間を稼ぐことだった。

万里の長城は万能ではない。しかし、それがいつしか忘れられていく。山崎さんは「新しい防潮堤を造ったことが、安全の過信を生んだかもしれない」と語る。



註:ページ数が大きい数字程、最新ページです。
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参考資料:朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、Yahoo,google、ロイター通信