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放射線モニタリング・除染情報
除染進捗マップ(環境庁) 放射線モニタリング(文部科学省)


5割の家族が離れ離れ=全避難世帯に初の調査-福島県(26.4.28)


福島県は28日、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故に伴う避難者6万2812世帯(約13万2500人)に行ったアンケート結果を発表した。自主避難を含む避難者全体を対象にした調査は初めてで、家族が複数箇所に分かれて避難している世帯の割合が48.9%に上ることが分かった。県は調査結果を今後の支援策に活用する。


 調査は今年1~2月に実施。住所不明で調査票が戻ってきた避難者を除く5万8627世帯の35.3%に当たる2万680世帯が回答した。
 それによると、「世帯でまとまって1カ所に住んでいる(1人暮らしを含む)」が44.7%だったのに対し、「2カ所以上」に分かれて暮らす家族は48.9%。うち「5カ所以上」は0.6%だった。
 また、仮設住宅や自治体による借り上げ住宅などに住む世帯は69.0%に達し、入居期間の延長や、居住家族の人数変更などに応じた住み替えを柔軟に認めるよう求める回答が目立った。
ーーー時事ドットコム(2014/04/28-18:02)






全町避難・富岡町:無人の地、イノブタ王国に 急増で被害(26.2.25)


東京電力福島第1原発事故から3年近くたっても住民の全町避難が続く福島県富岡町で、イノシシとブタを交配させた「イノブタ」が急増。無人の家に入って荒らすなど、我が物顔で歩き回っている。イノシシも増加中で「野生の王国にするわけにはいかない。住民の帰還意欲にかかわる」(同町)と、地元では対策に追われている。


農協倉庫をうろつくイノブタとみられる群れ=2014年1月14日撮影(福島県富岡町提供)

 富岡町では事故後、食用に飼育されていたイノブタ20頭ほどが逃走。環境省や町が昨年11月からワナを仕掛け、今年1月までに約120頭を捕獲した。イノシシとの区別は難しいが大半はイノブタで、繁殖して増えたらしい。同町産業振興課の黒澤真也係長(46)は「まだまだいる。どれぐらい増えたのか想像がつかない」と語る。

 今月、同町を歩くと、雑草で荒れた畑から道路に顔をのぞかせるなど、1時間足らずで子連れなど5頭を目撃した。昨年12月には、農協倉庫の扉が壊され、米3トン(約60万円相当)が食べられたのが見つかった。近くでは、二本爪の足跡があちこちについていた。

 イノシシの被害も増加傾向で、同じ全町避難の浪江町にも昨年4月から今月24日までに家屋侵入など43件の被害情報が寄せられ、昨年11月には一時帰宅中の住民が庭でイノシシに襲われた。特定外来種のアライグマの目撃情報も増加中。伊達市では昨年4月から今年1月までの捕獲数が1100頭(前年同期比600頭増)と倍増。県自然保護課の酒井浩主幹は「避難で人がいなくなった区域で増加したイノシシが、周辺に出てきているのではないか」と話す。

 環境省は委託事業として浪江、双葉、大熊、富岡町の帰宅困難区域などで捕獲を続ける。富岡町も今年から狩猟免許を持つ町民14人で駆除隊を結成。4月からは1頭2万円の捕獲報奨金を検討し、捕獲数増を目指す。

 現地視察経験のある小寺祐二・宇都宮大特任助教(野生動物管理学)は「原発周辺は人がおらず、耕作放棄が進むなどイノシシが住みやすい環境が広がり、数年後にはさらに繁殖する可能性がある。人への警戒を忘れた野生動物は人と近づきすぎ、事故が起きる危険性がある」と指摘する。
ーーー毎日新聞(26.2.25)【片平知宏】







旧警戒区域のハクチョウ、越冬地に〝変化〟(26.1.23)



震災がれきの選別場横を飛ぶハクチョウ=福島県南相馬市小高区

東日本大震災による福島第1原発事故の旧警戒区域、福島県南相馬市小高区にオオハクチョウやコハクチョウ約300羽が越冬のため飛来している。

 小高区はもともとハクチョウの飛来地として知られていたが、震災後は約2倍の飛来数に増加。一方で南相馬市内の原町区や鹿島区では大きく減少するなど越冬地に変化が起きている。

 日本野鳥の会南相馬事務局の杉内慶夫さんによると、「放射能の影響でエサ場となる水田の作付けができなくなり、沼で津波の影響が少なかった地域に集まっているのではないか」としている。






震災がれきの選別場横に降りたハクチョウ=福島県南相馬市小高区

---産経新聞(26.1.23)








「意思決定遅れ原因」=津波で児童ら84人死亡-大川小検証委が最終報告案・宮城(26.1.19)


東日本大震災の津波で児童・教職員84人が犠牲になった宮城県石巻市立大川小学校の事故検証委員会(委員長、室崎益輝関西学院大教授)は19日、避難開始の意思決定の遅れと、避難先として河川に近い堤防を選択したことが多数の犠牲が出た直接的な原因とする最終報告書案をまとめた。


多数の児童らが犠牲になった大川小学校の津波被害について、検証委員会のメンバーと意見交換する遺族(奥)ら=19日午後、宮城県石巻市

 同日の議論を踏まえ、2月末までに遺族と石巻市双方に最終報告書を提出する予定だが、遺族は「責任の所在が不明確」などと反発している。
---時事ドットコム(2014/01/19)






最終報告書案を提示 大川小検証委、遺族は反発(26.1.17)



<多くの児童らが津波の犠牲になった宮城県石巻市の大川小 =2013年3月>


東日本大震災の津波で宮城県石巻市立大川小の児童・教職員計84人が死亡、行方不明となった問題で、第三者の検証委員会は19日、9回目の会合を開き、最終報告書案を提示する。悲劇の原因を分析し、学校防災への提言も盛り込む方針。検証委はこれまでの議論で、避難が遅れた背景には学校や地域の危機意識の低さがあったなどとする見解を示していた。これに対し、遺族の一部は「学校の責任が明確でない」と反発。「地震から津波にのまれるまでの約50分間に学校で何があったかへの考察が不十分だ」と検証の継続を求めている。昨年2月から本格的な活動を始めた検証委は、児童を含め延べ150人以上の関係者から聞き取りを実施。津波にのまれた教職員の中で唯一助かり、これまで石巻市教育委員会の調査に応じなかった男性教諭(病気休職中)からも証言を得た。地域住民や大川小勤務経験を持つ教員へのアンケートを行い、津波への危機意識も調査した。当初は市教委が検証していたが、「説明が二転三転する」と遺族が不信感を募らせたため、文部科学省が主導し、室崎益輝神戸大名誉教授を委員長とする有識者10人の検証委を市が設置した。 
ーーー産経新聞(26.1.17)






気仙沼沿岸部で集中捜索 東日本大震災2年10カ月(26.1.11)



行方不明者の集中捜索を前に、黙とうする警察官とボランティア=11日午前、宮城県気仙沼市


宮城県気仙沼市の沿岸部で行方不明者を捜索する警察官とボランティアら=11日午前


宮城県気仙沼市の沿岸部で行方不明者を捜索する警察官ら=11日午前

東日本大震災から2年10カ月を迎えた11日、津波で大きな被害に遭った宮城県気仙沼市岩月千岩田の沿岸部で、県警などが行方不明者を集中捜索した。午前10時すぎ、凍り付くような冷たい海風が吹く中、気仙沼署員らが作業を開始。地元の復興支援団体の呼び掛けに応じて京都や東京など全国各地から集まったボランティアら約75人も加わり、海沿いの土砂を熊手で掘り起こすなどして手掛かりを捜した。

 気仙沼署の奥田祐次警備課長は「捜索は難しくなりつつあるが、行方不明者全員が見つかって初めて復興が成し遂げられるという信念で捜している。一人でも多くご家族の元に帰したい」と話した。
 同署によると、市内では現在も住民236人の行方が分かっていない
ーーー産経新聞(26.1.11)







復興願い、炎高く  岩手・釜石で「どんと祭」(26.1.7)




<大渡どんと祭に集まった住民=7日午後、岩手県釜石市>

東日本大震災で津波被害に遭った岩手県釜石市の中心部を流れる甲子川の河川敷で7日、正月飾りを焼く恒例の「大渡どんと祭」があり、集まった住民らは、高く上がった炎に早期復興や無病息災を願った。震災後の2012年は中止したが、住民からの要望で昨年復活した。朝から多くの住民が正月飾りを持ち寄り、河川敷に組まれた高さ約2メートルのやぐらに次々と投げ入れた。地元の寺の森脇義真住職が「お互い力を合わせて祭りを続けることが復興につながる」とあいさつ。竹筒で火を付けると炎が高さ約4メートルまで燃え上がり、参加した人たちは静かに手を合わせていた。祭りの実行委員長の荻野哲郎さん(71)は「集まった正月飾りの数は昨年より少し増えたが震災前ほどではない。町に人が戻ってきて、炎がもっと大きくなってほしい」と話した。 
ーーー産経新聞(25.1.7)





  


仮設住宅に石巻伝統の獅子舞 「太鼓や笛に体うずいた」(25.1.7)



 
正月の伝統行事「獅子風流(ふり)」


 

東日本大震災の津波で被災した宮城県石巻市の牧浜地区で6日、正月の伝統行事「獅子風流(ふり)」があった。勇壮な太鼓と笛にあわせて舞う獅子の姿に、被災住民らは復興への思いを新たにした。

 牡鹿半島にある牧浜地区では、津波で全世帯の約半分にあたる11世帯が流された。基幹産業の養殖カキの生産量は、まだ震災前の3割ほど。仮設住宅に獅子を迎えたカキ漁師の阿部悟さん(59)は「太鼓や笛の音に体がうずいた。今年も頑張って、カキ養殖を震災前の水準に近づけたい」と話した。
ーーー朝日新聞(25.1.7)







双葉町、避難先で成人式 「戻れる日信じたい」(26.1.4)



原発事故で全町避難が続く福島県双葉町の成人式で、記念撮影に臨む新成人 =4日午後、福島県いわき市


東京電力福島第1原発事故で全町避難が続く福島県双葉町が4日、同県いわき市の温泉施設スパリゾートハワイアンズで成人式を開き、新成人は「いつか町に戻れる日を信じたい」と未来に希望を込めた。

いわき市に役場を移す双葉町の新成人は72人。代表として飲食業、城下委世さん(20)は「現実を受け入れられないまま(避難による)たくさんの別れがあり、当たり前の日々がどれだけ幸せだったか痛感した。一日一日を大切に過ごしていきたい」と述べた。

 伊沢史朗町長は「故郷双葉の復旧復興に、ともに取り組んでほしい」と呼び掛けた。双葉町出身の同施設のフラガールらも門出を祝福した。

 事故当時、高校2年だった結城辰也さん(19)は地元で就職を希望していたが、避難で今は東京の空調設備会社に勤務。「時間はかかるだろうが、いつか町に戻れる日がくると信じたい」と話した。
ーーー産経新聞(26.1.4)









東日本大震災 被災地で初日の出 宮城・閖上(26.1.1)



東日本大震災の津波で大きな被害を受けた宮城県名取市閖上の日和山にあがる初日の出。多くの人が訪れた =1日午前6時58分、宮城県名取市閖上
---産経新聞(26.1.1)







置くとパス…合格グッズ 人気です  南三陸町(25.12.29)



本格的な受験シーズンを前に、東日本大震災で被災した宮城県南三陸町で特産物のタコをモチーフにした縁起物「オクトパス君」の製作が最盛期を迎えている。 英語のオクトパスと「置くとパス(=合格)」をかけたグッズで、6万個を超えるヒット商品。受験シーズンはふだんの3倍の注文が入るため、製作する「入谷Yes工房」はスタッフ20人がフル稼働で色を塗るなど製作に励んでいる。 スタッフは全員が町民。現在も仮設住宅で暮らす人もいる中、地元で働ける貴重な場所となっている。広報担当の大森丈広さん(30)は「地場産業として、国の補助に頼らず成り立っていけるようになりたい」。
---産経新聞(25.12.29)







かまぼこに感謝のメッセージ  宮城県気仙沼市(25.12.27)



新年を目前に控え、宮城県気仙沼市で贈呈用のかまぼこ作りが最盛期を迎えている。東日本大震災で工場が被災したかまぼこ店「いちまる」ではハート形の白いかまぼこに、ピンク色のすり身でメッセージを書き込む特製かまぼこが人気だ。

 尾形啓一社長(48)によると、震災の年は「絆」を注文する人が圧倒的に多かったが、今年は「ありがとう」といった感謝の言葉が目立つという。
---産経新聞(25.12.27)







被災3県の沿岸部で集中捜索  震災から2年9カ月(25.12.11)



行方不明者の集中捜索前、海に向かい黙とうする宮城県警気仙沼署員=11日午前、宮城県気仙沼市の小泉海岸


 大震災から2年9カ月を迎え、岩手県釜石市唐丹町で行方不明者の集中捜索をする岩手県警釜石署員=11日午前


福島・請戸小学校の校庭に集められている震災がれきの中から行方不明者の手掛かりを捜す福島県警の警察官 =11日午前、福島県浪江町(大橋純人撮影)



 福島・請戸小学校の校庭に集められている震災がれきの中から行方不明者の手掛かりを捜す福島県警の警察官 =11日午前、福島県浪江町(大橋純人撮影)



大震災から2年9カ月を迎え、沿岸部で行方不明者を集中捜索する宮城県警気仙沼署員と地元ボランティア団体のメンバーら=11日午前、宮城県気仙沼市の小泉海岸

東日本大震災から2年9カ月を迎えた11日、津波で大きな被害に遭った岩手、宮城、福島3県の沿岸部で各県警などが集中捜索し、行方不明者の手掛かりを捜した。

 宮城県気仙沼市本吉町中島の小泉海水浴場の跡地では、気仙沼署員約25人のほか気仙沼復興協会の呼び掛けで東京都や埼玉県などから集まった会社員、学生ら計約20人が合同で、海沿いの土砂をくわやスコップで掘り起こした。気仙沼署によると、市内では現在も住民236人の行方が分かっていない。

 岩手県釜石市唐丹町の海岸線では、釜石署の署員約20人が捜索。近くの道路を復興工事のトラックが行き交う中、署員は「とび口」と呼ばれる金具の付いた棒で砂浜を掘り起こし、見つかった衣類などを一つ一つ丁寧に確認した。

 福島県浪江町では、福島県警察や消防署員らによる集中捜索が行われた。東京電力福島第1原発事故で避難指示解除準備区域に指定されている請戸小学校では、校庭に集められている震災がれきを捜索、遺品や行方不明者の手掛かりを捜した。
---産経新聞(25.12.12)







光、子どもらに届け   大川小でツリー点灯(25.12.3)





東日本大震災の津波で児童・教職員計84人が死亡、行方不明となった宮城県石巻市立大川小の旧校舎を、クリスマスツリーの柔らかな白い光が照らした。ツリーは、子どもたちに光を届けたいと、遺族やボランティアら約30人が飾り付けた。
ーーー産経新聞(25.12.3)






「帰れないのでは…」  東日本大震災から1000日(25.12.4)



福島第1原発に近い国道6号。住宅街を守るようにバリケードが連なっている=11月23日、福島県大熊町


国道6号から遮断されたゲートの向こうは雑草が生い茂っていた=11月23日、福島県双葉町(松本健吾撮影)



ところ狭しと並ぶ住宅街への侵入を防ぐゲート=11月23日、福島県大熊町



人の姿がほとんど消え、雑草が高く伸びる浪江町の中心街。商店街の看板がかつてのにぎわいをしのばせた=11月23日、福島県浪江町



津波に飲み込まれた福島県浪江町の請戸小学校。津波被害の少なかった2階の教室は、一昨年の3月11日のままになっていた=10月9日、福島県浪江町



楢葉町内で出た除染で出た土や雑草などを保管する仮置き場。町内では除染廃棄物の中間貯蔵施設の建設は進んでいない=11月17日、福島県楢葉町



朝、復興への大動脈国道6号は原発方面に向かう工事車両が列をなしていた=11月22日、福島県楢葉町(松本健吾撮影)



ゴミの片付けのため自宅に戻った横田嘉政さん。自宅は地震の被害などはなく無事だったが、ネズミに荒らされ食料や衣類などを処分した=11月17日、福島県大熊町



カートが倒れたままの富岡町のスーパー。駐車場の雑草も伸び放題で月日の経過を感じさせた=11月17日、福島県富岡町(早坂洋祐撮影)



浪江町の海岸近くには人の姿はなく、鳥の楽園となっていた。奥には福島第1原発の排煙塔がそびえる=11月23日、福島県浪江町



浪江町の海岸近くには打ち上げられた船が残ったままだった=11月23日、福島県浪江町(松本健吾撮影)



国道6号線から帰還困難区域へ入る道にはゲートが設置され、立ち入りが制限されている=11月17日、福島県双葉町(早坂洋祐撮影)


東日本大震災から1000日

東京電力福島第1原発事故との闘いは、震災から1000日を経てもなお続いている。政府は避難住民の早期帰還を目指し、現実路線へかじを切ったが、除染完了は見通せない。節目の日を迎え、帰還や廃炉に一筋の光明が差しつつあるが、福島では先の見えない不安に包まれたままだ。

 東京電力福島第1原発の周辺に位置する福島県の自治体では、事故後から続く立ち入り制限が解除される見通しも立たないまま3度目の冬を迎えた。避難を余儀なくされた住民の間には「家に帰れないのでは…」と、あきらめムードも漂い始めている。

 福島の浜通りを南北に貫く国道6号は、原発事故の収束作業に欠かせない幹線道路。除染や原発に向かう作業員らを乗せたバスやワゴン、トラックなどが行き交う。今年6月からは地元住民の通行も緩和され往来が増えた。

 しかし、沿道には異様な風景が広がる。浪江町と大熊町では国道に面した家と商店の入り口すべてにバリケードが設置されていた。高線量地域への安易な立ち入りや空き巣被害などを防ぐのが目的だ。国道から住宅街へ入る道路にもゲートがあった。

  月日だけが流れていく

 浪江町は休日でも人影がなかった。崩れたままの塀、雑草に覆われた公園の遊具…。「ガシャーン、ガシャーン」。商店の壊れたシャッターが風にあおられ不気味な音を立てる。線量が比較的低いとされる「避難指示解除準備区域」の中心街でも人の背丈ほどの雑草が茂り、「あれから1000日」を実感する。

 福島市の避難先から1日だけ戻ってきた運転手の原田宣男さん(57)は、自宅前で道路の草刈りをしていた。高くなった草で車が傷つくという。まだ、水道も通っていない。「規制が解除されても町は元通りにならない」と、あきらめ顔だが「自宅に戻って植木いじりや日曜大工を楽しみたい」と話す。

 居住制限区域の大熊町大川原地区。避難先の山形市から一時帰宅した横田嘉政さん(68)は「除染しても家の西側に山がある。流れてくる雨水や落ち葉などで、すぐ放射線量が高くなるのでは」と不安を隠せない。

 家屋の地震被害は少なかったが、家の前に立つと警報値を毎時2.5マイクロシーベルトに設定した線量計が鳴る。除染で出た土や植物を入れた袋から出る放射線だ。「自分の地区の線量が下がり家に戻れても、町全体が再生しないと暮らせない」と、訴えた横田さんは「(今の状態では)帰れると言われても帰れない…」と肩を落とした。

ーーー産経新聞(25.12.4)





東日本大震災1000日 仮設を出たい…家が足りない(25.12.4)


廃虚が広がる岩手県大槌町の中心部。家子(いえこ)不動産のプレハブに11月末、初老の男性が訪ねてきた。「病弱の妹家族が仮設から一刻も早く出たがっている。中古物件はないか」

  • チラシでたどる震災1000日

 社長の家子和男さん(64)は「今はない。見つかったら連絡するから」。そう言って、ロッカーに積み上げた申込書は170件を超した。住宅不足は、深刻さを増している。

 東日本大震災で1284人が犠牲になり、4千近くの家屋が全半壊した大槌町。家子不動産は1カ月後、電気も通じないなか仮店舗で再開。津波で残った賃貸物件は22戸だけで、8人家族に紹介できたのは40平方メートルの1LDK。それでも泣いて喜ばれた。

 「民間賃貸住宅に入居された被災者に家賃を負担する制度ができました」。2011年6月、営業再開を伝える新聞の折り込みチラシで載せたのは、助成制度の説明だった。「避難所の人々に必要なのは、物件よりも安心して暮らす情報だった」

 不動産情報を伝えるチラシは、この頃から増え始めた。大手住宅メーカーの被災地出張所の案内、完成住宅の見学会、中古住宅の紹介――。これまで300枚超。ただ、これらのチラシを分析すると、町内の物件は1割に満たず、盛岡市など内陸の物件が大半を占める。

 「高台移転など町の住宅再建が進まないからだ」。家子さんは焦る。昨秋、仮設暮らしの初老の男性に「内陸の家を紹介してくれ」と言われた。長引く仮設暮らしに耐えられず、町の人口は1割強減った。

 町に建ぺい率を上げるなど規制緩和を提言するが、対応は鈍い。他の被災地と同様、土地不足が影響し、9月公表の基準地価では町の住宅地は全国1位の上昇率だった。昨年末、宅地開発事業も始めた家子さんは言う。「家が建たないと町がつぶれる。復興も何もあったもんじゃない」

    ◇

 東日本大震災から4日で1000日目。いまも約26万人がプレハブなどの仮設住宅で暮らし、復興は道半ばだ。被害の大きかった岩手県大槌町で地元の新聞に折り込まれたチラシ約5500枚を分析し、復興の歩みと今後の課題を探った。
---朝日新聞(25.12.4)







保存に賛成、反対 それぞれの思い 南三陸・防災対策庁舎(25.12.2)



東日本大震災で町職員ら43人が犠牲になった宮城県南三陸町の防災対策庁舎の前で、遺族たちがそれぞれの思いを口にした。建物の解体方針を決めた町が先月上旬に初めて開いた慰霊祭でのことだ。
 次男=当時(33)=を亡くした女性(68)は「建物をぜひ残してほしい」。夫が今も行方不明だという50代の女性は「一刻も早く取り壊してほしい。観光客がピースサインする光景は耐え難い」。将来への教訓、家族が生きた証し、つらい記憶。賛成、反対それぞれに理由がある。

 鉄骨がむき出しになった建物が津波のすさまじさを今も伝えることは確かだ。震災の日、町職員の遠藤未希さん=同(24)=が防災行政無線で最後まで避難を呼びかけて犠牲になったことは、多くの人の記憶に残っている。


 地元の観光ホテルが運行する「語り部バス」でガイドを務める従業員の伊藤俊さん(38)は、ここで客たちに呼びかける。「いつまでも覚えていて家族や友人にここで何が起きたかを伝えてほしい」

 伊藤さんも被災者で仮設住宅の生活が続く。ここでは、幼なじみや知り合いが流された。自身の思いも複雑だ。「私の言葉より建物のほうが震災のことを何百倍も伝えられる。でも、つらさや悲しさばかりを伝えることになる気もする」


 どちらかを選ばなければならないのなら「解体」だという。「建物がなくなれば、町に来る人が少なくなるという声があるのも事実。でも震災前は海の幸と歴史で観光客を呼んでいた。いつまでも甘えていられない。避難者全員が助かった建物もある。そこを保存して、教訓を残せばいい」

 町は庁舎解体を決めたが、解体費用を出す宮城県はまだ方針を決めていない。
---産経新聞(25.12.2)








震災から2年8カ月(25.11.11)




東日本大震災から2年8カ月。宮城県南三陸町の防災対策庁舎には朝から多くの人が訪れ、手を合わせていた。
---産経新聞(25.11.11)





漁船消え、人影なく 解体後、初の月命日(25.11.11)





解体撤去された「第18共徳丸」(左)と周囲の移り変わり。(上から)2011年3月15日、2012年8月30日、2013年11月11日=宮城県気仙沼市    東日本大震災の津波で宮城県気仙沼市の内陸部に打ち上げられた大型漁船「第18共徳丸」の解体を終えてから11日、初めての月命日を迎えた。震災直後、焼け焦げたがれきの中で、くすぶる煙にかすんでいた巨大な船体。市は保存を目指したが、地元住民の否定的な声が強く、姿を消して更地に。解体前は津波の猛威を伝える姿を見ようと多くの人が訪れたが、この日は人影がほとんどなかった。打ち上げられた場所の近くに住む70代男性は「昼も夜も目の前にあって気持ちが重かった。震災は時々思い出すだけでいい。ようやく撤去された」とつぶやいた。自宅が全壊した60代男性は「国内外の人が共徳丸を通じて気仙沼に関心を寄せてくれたし、津波のひどさを分かってもらえたと思う。解体するかどうかは、時間をかけて考えてもよかったのではないか」と言葉を選びながら話した。
---産経新聞(25.11.11)





被災沿岸部で不明者捜索  東日本大震災、2年8カ月(25.11.11)




東日本大震災から2年8カ月を迎えた11日、津波で大きな被害に遭った宮城県南三陸町で、南三陸署員と町職員が合同で行方不明者の集中捜索を行った。 同町戸倉の折立川河口付近をボートに分乗して不明者の手掛かりを捜すほか、海岸一帯を徒歩で捜索。 同署によると、町内では現在も住民219人が行方不明となっている。
---産経新聞(25.11.11)







復興事業遅れに不安 仮設住民、ケア体制拡充も急務 (25.11.11)


「復興を考えられない」「復興が遅れ、先が見えない」―。震災から2年8カ月。被災地では、住宅再建に向けた土地区画整理事業や高台造成などの事業がようやく始まった一方、人員・資材不足などによる遅れも出ており、被災者の不安は募るばかりだ。


【写真=大槌町大槌の仮設住宅団地。仮設での暮らしが長期化する中、被災者の「心の復興」を支える対策の充実が求められる=9日】

 仮設住宅入居後に体調を崩した大槌町大槌の仮設住宅の男性(67)は「(仮設は)限られたスペースでリラックスする場はない。復興が遅れ、先が見えないことが不安になる」と打ち明ける。

 「仮」の生活の長期化が、被災者の不安の深刻化や被災者間の生活再建の格差を生むこともある。「外部とのつながり」になる催しへの参加者の固定化や、交通手段がないため部屋から出なくなる住民がいるなど、問題を抱える仮設団地も少なくない。

 大槌町で被災者の生活再建支援を行うNPO法人まちづくり・ぐるっとおおつちの小向幹雄代表理事(78)は「住宅再建の遅れなど現実的な不安が数字となって表れてきているのではないか」と推察。「心のケアなどの取り組みは必要不可欠だが、目に見える形で復興が進まなければ根本的にはどうしようもならない」とみる。

ーーー岩手日報(25.11.11



福島原発事故:帰還困難区域外も移住支援 政府・与党検討(25.11.12)


自民党の大島理森前副総裁(党東日本大震災復興加速化本部長)は11日、毎日新聞のインタビューに応じ東京電力福島第1原発事故による年間積算放射線量が50ミリシーベルトを超える「帰還困難区域」以外の地域でも、移住を決断した住民に新たな生活再建策を検討すべきだとの考えを示した。政府が移住支援する対象地域を一律に区切らず、個々の避難者の判断に応じ柔軟に対応するよう求めた。政府は同日、自民、公明両党が提言した福島復興加速化案とあわせ、具体策を検討する。

 大島氏は政府に提言した帰還困難区域の住民の移住に関し、「3年も4年も帰れるかどうか分からない状態に住民を置くのが良い政治なのか。現実をきちんと示し、住民に判断してもらうことが大事だ」と指摘。同区域外での住宅の確保を容易にするなどの移住支援策が不可欠との考えを示した。

 その上で、大島氏は放射線量が年20ミリシーベルト超50ミリシーベルト以下の「居住制限区域」の住民が移住を希望した場合も「一人一人を見て対応しなければならない。思いは(帰還困難区域の住民と)同じだ」と強調。放射線量による一律の対応でなく、個々の事情に配慮すべきだとした。さらに「バックアップ体制は別途考えていかなければならない」と述べ、居住制限区域の住民には、帰還困難区域とは別の支援策が必要だとの見方も示した。

 福島第1原発周辺の福島県11市町村は原子力災害対策特措法に基づき、放射線量に応じて▽帰還困難区域▽居住制限区域▽避難指示解除準備区域(年20ミリシーベルト以下)−−に分けられている。

 自民、公明両党は11日、「避難住民の全員帰還」というこれまでの原則を転換する提言を安倍晋三首相に提出。長期にわたって帰還が難しい避難住民から「不安定な避難生活を続けるより、新たな場所で生活を始めたい」と要望が出ていることを踏まえた内容で、福島復興加速化案として今後、政府が具体化を進める。

 このほか提言に▽放射線量が低減してきた地域の住民に早期帰還を後押しするための追加賠償▽汚染土などの放射性廃棄物を一時保管する中間貯蔵施設への国費投入−−なども盛り込んだ。


◇福島復興加速化案の骨子

▼早期帰還の促進

・帰還可能地域の除染・インフラ整備を優先

・避難指示解除後の賠償継続期間や追加賠償について年内に結論

・線量年間1ミリシーベルトは長期目標。個人の線量データを基に健康不安対策

▼長期に帰還困難な地域

・住宅確保へ賠償拡充など移住を選択肢に

・いつまで帰還困難かの見通しを提示

・双葉郡の将来像の明確化

▼国の廃炉・除染関与

・国が放射性廃棄物を一時保管する中間貯蔵施設を建設・管理

・現行除染計画の実施後は、国の公共事業などの観点からの実施も検討

・賠償は東電が最後の一人まで責任

・国と東電の廃炉・汚染水対策の責任分担を明確化

---毎日新聞(25.11.12)





個人線量計で被ばく低減を 住民帰還への工程表も (25.11.12)

東京電力福島第1原発事故による避難住民の帰還に向けた放射線防護対策を議論している原子力規制委員会の検討チームは11日、帰還の際には住民一人一人が携帯する個人線量計で計測した被ばく線量を基に、被ばく低減対策を講じるべきだとの提言案を大筋で了承した。

 近く規制委で議論し、正式決定する。個人線量計を使うことで各個人の生活パターンに応じたきめ細かい被ばく対策が可能になる。

 提言案には帰還するかどうかを住民が判断できるよう、政府が防護対策の工程表をまとめることも盛り込んだ。

(共同)
---東京新聞(25.11.12)







被災地沿岸で集中捜索 震災から2年7カ月(25.10.11)



福島県双葉町の海岸で行方不明者を捜索する伊沢史朗町長(左)ら=11日午前

東日本大震災から2年7カ月を迎えた11日、津波の被害に遭った宮城、福島両県の沿岸部では、警察や消防、自治体職員らによる行方不明者の捜索が行われた。

 宮城県気仙沼市の津谷川河口付近では、気仙沼署員ら約25人が、ボートに分乗するなどして捜索を実施。同署によると、市内では現在も住民238人が行方不明となっている。

 同署の奥田祐次警備課長は「捜索は難しくなっているが、1人でも多くの行方不明者を家族の元に戻したい」と話した。


宮城県気仙沼市の津谷川河口付近で行方不明者を捜索する気仙沼警察署員ら=11日午前

 福島県双葉町での捜索には、伊沢史朗町長や町民ら約60人が参加。バスで避難区域に入り、波打ち際で不明者の手がかりを探した。

 同県浪江町の請戸地区でも馬場有町長らが捜索した。

 福島県警によると、県内では207人が行方不明のまま。
---産経新聞(25.10.11)







三陸沖、震災でどう変わった 漁場復興へ調査船お披露目(25.10.8)


東日本大震災の地震や津波で三陸沖の海がどう変化したかを調べる調査船「新青丸(しんせいまる)」が4日、母港となる岩手県大槌町でお披露目された。漁場復興をめざし、研究成果は漁業者にも提供される。


東日本大震災の地震や津波で三陸沖の海がどう変化したかを調べる調査船「新青丸(しんせいまる)」が4日、母港となる岩手県大槌町でお披露目された。漁場復興をめざし、研究成果は漁業者にも提供される。全長66メートル、1600トンで、山口県

 全長66メートル、1600トンで、山口県下関市の造船所で約110億円かけて建造。海洋研究開発機構や東北大、東京大などが12月から、生態系や海底の地形の変化を本格的に調べる。

 大槌港は震災で地盤沈下し工事中で、復旧するまでほかの港を活用する。町の碇川豊町長は「新青丸をシンボルとして街づくりをしていきたい」。東京大大気海洋研究所の新野宏所長は「復興と再生に貢献できるよう研究を進めていく」と話した。
ーーー朝日新聞(25.108)




汚染水流出:「いつまで足引っ張る」憤る漁師、募る不信感(25.10.3)


東京電力福島第1原発の汚染水が貯蔵タンクから新たに漏れた問題。安倍晋三首相が「汚染水の影響は港湾内で完全にブロックされている」としていただけに、汚染水の港湾外流出という事態を受け、福島県の漁師や首長らは東電や国への不信感をさらに募らせ、憤りの声を上げた。


再開した操業

 10日に福島県沖で原発事故後初めての試験操業を予定している、いわき市漁協の矢吹正一組合長(76)は、度重なる汚染水漏れに「東電はいつまで漁業者の足を引っ張るんだ」とあきれ、首相の「汚染水ブロック」発言について「汚染水が海水に希釈された後の放射性物質の検査値を見て言っているだけで、漁業者たちは『人をバカにしている』と怒っている」と語気を強めた。

 先月末に試験操業を再開した相馬双葉漁協の佐藤弘行組合長(57)も「モニタリング調査で操業海域の安全性を確かめたうえでやっている。『コントロールされている』といういいかげんな発言を信じて試験操業しているわけではない」とクギを刺した。

 請戸(うけど)漁港(浪江町)の復興を目指す馬場有(たもつ)町長は「場当たり的な対応ばかりで、本当に真剣になって汚染水問題を考えているのか。漁業者にとっては一つ一つが死活問題で、風評被害につながる」と指摘。大熊町の渡辺利綱町長は「復興計画を作る上で大事な時期なのに、『またか』という感じでコメントする元気もなくなる。再三、落胆させられることで、帰還の意欲がそがれてしまう。段々前に進んでいるというより、むしろ後退している印象だ」と声を落とした。

自粛する漁船、相馬市

 佐藤雄平知事は緊急の部長会議で「東京電力には何度もリスク管理の徹底を要請してきた。ずさんであるとしか言いようがない」と批判した。

 県は3日、原発南放水口付近で海水のサンプリング調査を開始。ベータ線を出すストロンチウムやトリチウムなどの濃度を分析する。また、県庁に東電福島復興本社の石崎芳行代表らを呼び、降雨時の対応に当たる体制の強化や、排水溝の排水先を外洋から港湾内に変更することなどを申し入れた。
---毎日新聞(25.10.3)





被災地の描写(25.9.21)



試験的操業が再開した、が又汚染水問題が発生し、不信感は募る 福島沖



マスクをして散歩する。


夜になると無人の町となる、浪江町; 避難区域の為、ここで宿泊できず仮設住宅に戻る。


空虚な街並になった双葉町、看板がむなしい。


いわきの仮設住宅生活は続く







被災地で見る中秋の名月(25.9.19)




軌跡の一本松;東日本大震災で津波被害を受け、枯死後に復元された岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」の上に「中秋の名月」が輝いた。


南三陸 前防災対策庁舎;撤去する方針が固まった宮城県南三陸町の旧防災対策庁舎。屋上部分の上空に顔を出した中秋の名月=19日午後、宮城県南三陸町
---産経新聞(25.9.19)


南三陸の防災庁舎撤去へ 町が保存断念

 東日本大震災の津波で町職員ら42人が犠牲になり、現在は骨組みだけが残る宮城県南三陸町の防災対策庁舎について、町が撤去する方針を固めたことが19日、町関係者への取材で分かった。佐藤仁町長が来週中にも正式に表明する。3階建ての同庁舎を見に訪れる人も多く、町は巨大津波の猛威を後世に伝える震災遺構として保存することも検討した。しかし、経費がかかることや、解体を求める遺族らが多いことから断念したとみられる。防災対策庁舎をめぐって町の方針はこれまで二転三転した。佐藤町長は当初「亡くなった人たちに手を合わせる場所として残したい」と保存する意向を示したが、遺族らが強く反発して2011年秋に撤回。その後、遺族や住民から①保存②解体の延期③解体と、3つの異なる陳情が出され、町は昨年夏に「再検討したい」と表明していた。 
---産経新聞(25.9.19)






列島駆けるがれき列車 (25.9.12)




稲穂が実る田園を行く、がれき輸送専用列車。陸前高田からのコンテナ50個を満載した11両編成が、東北の穀倉地帯に軽快な走行音を響かせ快走する =宮城県石巻市の前谷地駅付近

東日本大震災から2年半。岩手、宮城、福島の3県沿岸の被災地を覆いつくした1600万トン(環境省調べ)の「震災がれき」の処理が、今も懸命に進められている。作業は全国の自治体で行われており、輸送を担う鉄道が大きな力となっている。

 震災がれきは被災自治体だけで処分できる量ではなく、全国で処分する「広域処理」が不可欠。しかし、受け入れる自治体で住民の反発が起きるなど、がれき処理は当初、停滞を余儀なくされた。

 それでも、東北以外でいち早く受け入れを表明した東京都をはじめ、これまで17都府県で約45万トンが処理されている。

 JR貨物によると、宮城県石巻市や岩手県大槌町など10市町村から約14万6千トン(7月末現在)のがれきが鉄道貨物で運び出された。


被災地から500キロ以上を走り終え深夜、終着の東京貨物ターミナル駅へ滑り込むがれき輸送専用列車。コンテナは都内の施設へ運ばれ、中身の焼却や埋め立てなどが行われる =東京都品川区---産経新聞(25.9.12)





東日本大震災から2年半 犠牲者の冥福祈る遺族ら(25.9.11)

東日本大震災の発生から2年半がたった11日、被災地では遺族や住民が犠牲者の冥福を祈る姿が見られた。「復興が遅々として進まない」。現状へのいら立ちを漏らす声も。岩手、宮城、福島3県の沿岸部では各県警が行方不明者を捜索した。

 「当時は津波への怒りでいっぱいだったが、今は静かで深い悲しみに変わった」。仙台市の60代女性は、若林区荒浜の慰霊碑を訪れ、手を合わせた。津波で30代の息子を失った。「亡くなった人への思いが風化しているのが悔しい」と訴える。

東日本大震災から2年半。津波で流された自宅跡地で、亡くなった家族の冥福を祈る女性。毎月11日には電車とバスを乗り継いで訪れているという。奥は解体作業が始まった大型漁船 =11日午前9時59分、宮城県気仙沼市

東日本大震災から2年半の朝を迎え、海岸の慰霊塔で祈る大学敏彦さん。津波で両親や妻、兄、甥を亡くした。「話し相手がいなくて寂しい。五輪で世の中浮かれているが、復興が取り残されないか心配」と話していた =11日午前5時27分、仙台市若林区荒浜



東日本大震災から2年半を迎え、朝日に照らされる慰霊碑 =11日午前5時22分、仙台市若林区荒浜


東日本大震災から2年半を迎え、親族の墓前で手を合わせる女性。「少しずつでも着実に復興が進むといいですね」と話した =11日午前、岩手県陸前高田市


福島県浪江町請戸地区の港で行方不明者を捜索する福島県警の警察官 =11日午前

 警察庁によると10日現在、3県の死者は1万5816人、行方不明者は2650人に上る。岩手県釜石市では、県警の約80人が海岸線を捜索。捜索前には全員で海に向かって黙とうし、熊谷芳文釜石署長が「家族の思いを胸に綿密に捜索を」と訓示した。

 宮城県気仙沼市での捜索は気仙沼署員約20人が参加。鹿折川の河口付近を、ゴムボートを使うなどして調べた。同署によると市内では238人の行方が分かっていない。

 気仙沼署の奥田祐次警備課長は「一日でも早く戻ってほしいと願う家族に応えたい。私たち警察官も、これからも節目に捜索することで、震災を忘れないという思いを新たにしたい」と話した。

 福島県浪江町の請戸地区でも県警や消防、浪江町職員ら約80人が、海岸線沿いを中心に行方不明者の手掛かりを捜した。
---産経新聞(25.9.11)






被災漁船の解体作業開始 船主「一定役割果たした」(25.9.10)



東日本大震災から2年半を前に、第18共徳丸の解体作業が始まった =9日午前、宮城県気仙沼市

東日本大震災の津波で宮城県気仙沼市の内陸に打ち上げられた大型漁船「第18共徳丸」の解体作業が9日、始まった。

津波の猛威を伝える姿を見ようと多くの人が連日訪れ、市は「震災遺構」として保存を目指した。だが、「つらい被災体験を思い出す」と撤去を求める声が市民に多く、船主の水産会社「儀助漁業」(福島県いわき市)が解体を決断した。

   

---産経新聞(25.9.10)





掲載情報と画像の資料元:

朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、産経新聞、NHK,グーグル、ヤフー、その他記事、画像の末尾に資料元、日時を掲載。


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